days of cinema, music and food

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A Quiet Place

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話題のホラー『クワイエット・プレイス』(A Quiet Place)を公開2日目の9月29日深夜に鑑賞。
近未来。正体不明の何かに襲われ、人類は殆ど死滅したと思しき世界。その何かは盲目で音に敏感、かつ素早く人を襲うらしい。アメリカの林に囲まれた農家で、アボット家は手話を使ってコミュニケーションを取り、物音を立てないように注意を払いながら、ひっそりと生き延びていた。家族は技術者の父親リー(ジョン・クラシンスキー)、母親イヴリン(エミリー・ブラント)、聾者の姉リーガン(ミリセント・シモンズ)、繊細な弟マーカス(ノア・ジュープ)らだ。そしてイヴリンは臨月を迎えていた。

 


「音を立てたら、即死。」という日本版キャッチコピーが秀逸だ。だが実際に映画を観てみると、その言葉から受ける殺伐とした肌触りとはまた違う映画となっている。監督と共同脚本は主演の1人ジョン・クラシンスキー。実生活である妻エミリー・ブラントと夫婦役を演じている。彼らの親密さは映画の中でもよく出ていると思う。クラシンスキーはこれが長編映画監督は3本目だそうだ。私は役者としては知っていても監督としては初めて接し、感銘を受けた。台詞は最小限で殆どがアメリカ手話(どちらにも日本語字幕が付いている)、登場人物も殆どアボット家のみという少々変わった映画だが、SFホラー/スリラーの体裁を借りた優れた家族ドラマになっているのだ。しかもここには血の通った温かみがある。序盤で描かれる衝撃的な出来事が、この家族にどのような影響を及ぼしたか、小出しに丁寧に描かれているし、また彼らの反応は極めて人間らしいものだ。夫婦役の2人も好演だが、子役たちも良い。特に姉役ミリセント・シモンズは一見すると余り顏の表情が無いが、手話の動きなど含めてとても情感豊かに演じていた。エミリー・ブラントはスター女優の華やかさを消して、母であり妻であるイヴリンを魅力的に表現している。人物たちの行動はどれも納得がいくもの。それは説得力のある心理が描かれているからだ。また、不要に騒ぎ立ててかえって緊張感を台無しにする暗愚な者はいない。クラシンスキー、スコット・ベック、ブライアン・ウッズの脚本は優れたものだ。そして役者たちから優れた演技を引き出し、かつ簡潔に描いたクラシンスキーの手腕は素晴らしい。また、シャルロッテ・ブルース・クリステンセンによるフィルム撮影は、地味に見えて豊かな色彩をたたえ、このドラマの持つ温かみに貢献していた。

 


もちろん、この映画はホラー/スリラーでもある。映画は緊張感を持続したまま、中盤のイヴリンの破水というどう考えても絶体絶命の状況から転じて、二段構え三段構えの展開を用意している。ホラー映画初心者のクラシンスキーは、『ゲット・アウト』や『ジョーズ』といった古今のホラー映画を観て勉強したそうだ。その学習結果が反映されているのは喜ばしい。遠慮なくホラー演出大全開になるのに、焦らず1場面1場面を丁寧かつ素早く演出して行く胆力も見事だ。農家ならではの状況を有効活用した、これでもかこれでもかという展開と演出は、持てる技術を出し惜しみなく投入したものとなっている。この手の映画好きとしても十分に楽しませてもらった。

 


難を言えばマルコ・ベルトラミの音楽がやや多いことだ。無音も含めた効果音の使い方が絶妙だったため、音楽が鳴っている時間がもっと少なくても良かった。これは監督クラシンスキーのホラー映画初心者としての自信の無さの現れだろう。そんなところが初々しいが、結果は堂々たる仕上がりにもなっている。こんな良作を、『アルマゲドン』『パール・ハーバー』など騒々しいだけの、それこそ暗愚な監督マイケル・ベイが製作しているなんて! そんなところも含めて、非常に面白い映画だった。お勧め。