days of cinema, music and food

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Blade Runner: The Final Cut


限定公開の『ブレードランナー ファイナル・カット』を鑑賞すべく、新宿バルト9に出掛けました。
公開1週間後の土曜朝10時20分からの回は、4割程度の入りでしょうか。
本編前の予告編は『アイ・アム・レジェンド』のみ。
アメリカ版予告編同様、ミュータントが出現する版のものです。


さて映画はDLP上映。
私は初体験です。
ラッド・カンパニーのロゴで「む、これは・・・」と思い、その後のいきなりクリアなオープニング・クレジットでびっくりです。
まるで新作のよう。
そして「2019年 ロサンジェルス」の字幕の後に出現する大工業地帯の映像にこれまたびっくり。
火柱を上げる鉄塔のミニチュアの細部までが、くっきりと見えるのですから。
これが何度も観た映画か、と驚きを禁じえませんでした。


タイレル社のピラミッド・ビルのミニチュア映像でも、同様の感動を覚えました。
映像がクリアになった分、ミニチュアはミニチュアと分かるのであっても、非常に細かく、細部まで作り込んでいる為に、まるでチャチではありません。
殆どがCGIで作られる最近の映画には無い手作り感、職人芸を眺める感動があります。


私は円谷プロに代表される、ミニチュアは精巧でも撮影が下手な和製特撮映像が好きではありません。
しかしながら、それらを好きな「特撮ファン」が好む理由が初めて分かったような気がします。


但しDLP上映の問題なのでしょうか、元の素材の問題なのでしょうか。
人物の顔のアップになると、フィルム粒子とは違う粒子が気になりました。


映画本編は基本的に『ディレクターズ・カット』同様。
私が分かった相違点は次の通り。

  • 『完全版』にあった残酷描写を復活
  • ポリス・スピナーのケーブルをデジタルで消去
  • 繁華街の描写を3ショットばかり追加
  • ユニコーン・シークェンスの編集と映像を変えた
  • エンドクレジットに『ファイナル・カット』版スタッフを追加した


ゾラの殺害場面では明らかにスタントウーマンだった筈ですが、今回は違和感がありませんでした。
実はジョアナ・キャシディを使って再撮影し、顔を挿げ替えたとか。
ディジタルの恩恵でしょう。
スピナーのマット・ライン(合成の線)も薄くなっていたような気がしましたが、これは分かりません。


私自身の評価としては、残酷描写の復活に疑問が沸きます。
果たして必要だったのか、と。
なので『ディレクターズ・カット』の方が好みであります。


面白いのは、ディストピアとして描かれた筈の未来都市の映像が、結果的にユートピアとなったこと。
汚く薄汚れ、常に酸性雨が降っているごった返した人心も荒廃した都市は、観る快感に溢れているのですから。


しかしながら十数年振りに劇場で観直すと、この映画は劇場の大画面で「体験する」映画だと思いました。
冒頭の空撮の怖さは、『2001年宇宙の旅』にあった宇宙空間の恐怖と同様のものです。
映画は派手な特撮場面や広々とした空間描写は前半に集中させ、徐々に登場人物たちが死ぬのに併せて、空間を狭めて物語を収斂させていきます。
その効果を体感するにも、劇場の大画面が相応しい。


脚本に辻褄が合わない箇所はいつ見ても気になりますが、俳優や映像の美しさ、ヴァンゲリスの音楽や映画全体のデザインなど、リドリー・スコットの監督としての力量が出た映画として、これはやはり名作なのです。


そうそう、↓のアタッシェ・ケース。

劇中のデッカードの部屋に転がっているのに気付きました。
ナルホド、あれを模したものなのですね。


それにしても↓のHD版リリースはいつになるのやら。

是非出してもらいたいものです。