days of cinema, music and food

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Lust, Caution (色・戒)


好きな監督の1人でもあるアン・リーの新作となれば、劇場に駆け付けねばなりません。
シネコンでの『ラスト、コーション』昼過ぎの回は6〜7割の入り。
日中戦争を題材にしているからなのか、年配の観客が多かったです。
それにしてもセックス描写で成人指定の映画って、観客の年齢層高めの場合が多いような。


さて映画は、日本側の手先と目される情報局幹部を暗殺せんとする演劇学生たちの活動を描きます。
スパイとなったヒロインは、自らの正体を隠して幹部に近付いていきます。


観ながら、「これって1年くらい前に観た、ポール・ヴァーホーヴェンの『ブラックブック』のアン・リー版?」と思いました。
第二次世界大戦時のハニートラップもので、ヒロインがスパイとして相手に身体を許すのもいとわない、というのも共通点ですね。
あと思い出したのは、かつてご贔屓女優だったシャーロット・ランプリング主演の『愛の嵐』。
ユダヤ少女のランプリングと、ナチス将校のダーク・ボガード演ずる敵同士が、互いの肉体を貪り合う強烈にデカダンな映画でした。
これ1作で映画史に名を残したリリアーナ・カヴァーニ監督、今は何をされているのでしょうか。。。


さて映画は後半に幾つか用意されているセックス描写ばかりが話題ですが、日本ならではのボカシと、様々な体位でもって、正直言ってどこか微苦笑を誘われました。
これはまぁ、間抜けなボカシにも要因があるのでしょうが、さて、この映画に絵画的な描写としての様々な体位が必要だったのか、と思った次第です。


戦争に翻弄される若者たちを題材にし、また同じく戦争に翻弄されるヒロインを描くこの映画。
戦闘場面こそ無けれども、政治と戦争が主題だと思われます。
だったら文字通りの肉弾戦であるベッドでの秘め事も、もっと生々しく描く方向もあったのではないでしょうか。
用心深いが故に、また他人に心を許さないが故に、冷徹なスパイ幹部のトニー・レオンが、後半に一瞬浮かべる涙や笑みに、彼に残されたわずかな人間性を感じ取られ、感動的ですらあります。
だったらベッドシーンも、もっと人間的=リアルに描けば良いのに・・・と思うのは欲張り過ぎなのでしょうか。
まぁ、こうった様式美もアン・リーらしいのかも、と思いましたが。


映画は学生たちが浅薄な考えで抗日運動を始め、のめり込み、やがて後戻り出来ないところまで行ってしまう様も描いています。
このサブプロットも非常に素晴らしい描写の数々で埋め尽くされています。
初舞台で大成功を収めて、酒を飲み明かして夜の街を闊歩する様や、路面バス(電車だったか)での場面。
こういった瑞々しい描写があってからこそ、初めて人を殺害する場面の生々しさや、後半の息詰まる緊張の展開が生きて来るのです。
終盤のトニー・レオンが脱兎の如く走る場面の、静から動への転換。
感情を排した冷徹な幕切れ。


演出も脚本もまこと見事でした。


映画の核となったのは、ヒロイン役のタン・ウェイ
いや、彼女は本当に素晴らしい。
恵まれたルックスだけではなく、場面によっての演じ分けも見事。
堂々たる演技で、主演はおろかこれが映画初出演とは思えないくらい。
初々しい学生の場面。
スパイとして冷静に有閑マダムを演じる場面(そう、彼女は常に敵の前で演じているのです)。
しかしスパイとしての苦しい心情を吐露する場面。
彼女がどこまで演じているのか。
どこまでが本物なのか。
自分でも分からなくなってくる混乱が、こちらの胸に突き刺さります。
珍しく悪役のトニー・レオンと互角か、時にはそれ以上の存在感。
いやいや、楽しみな大型新人が登場したものです。


登場人物の内面を台詞に頼らずに俳優の演技力と映像で描き、それらを読み解く観客の想像に任せたのも、アン・リーらしい。
これはスリラーとしても、戦争映画としても、政治映画としても、恋愛映画としても、色々な読み解きが可能な奥の深い作品なのです。