days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

No Country for Old Men


ようやっと観られました。
コーエン兄弟の新作『ノーカントリー』を。
今年のアカデミー賞作品賞受賞ということですが、祝日昼の回、シネコンの小屋は半分程の入り。
まぁ元々アートシアター系映画のコーエン兄弟作品ですから、これくらいが当然なのかも。


さて映画は、予想以上に凄い出来でした。
紛れも無い傑作。
見終えた直後の衝撃だけではなく、後から思い出しても素晴らしい描写や場面の宝庫です。


映画はコーエン兄弟作品としては、一見、間口の広い作品のように見えます。
既にあちこちで書かれているように、『冒険野郎マクガイバー』もかくやという、日用品を駆使しての冒険劇にわくわくしますし(川を泳いでからの銃器の扱いの描写とか細かくてリアリティ満点)、何より逃走・追撃のサスペンス・アクションとしての出来が素晴らしい。


追われる無骨でタフで知的な男モスは、この手のクライム・アクションの主人公として相応しい。
ジョシュ・ブローリンも好演で、彼の大当たりの役です。
銃器の扱いに慣れ、危険な境遇を潜り抜ける術を持っている理由は映画の後半で明らかにされますが、それも違和感ありません。


ハビエル・バルデムが怪演する殺し屋シガー。
屠殺用圧搾空気銃で額を撃ち抜き、消音機付きライフルで相手を容赦無く殺害する。
そこには一切の感情が無い。
シガーの通った後にはおびただしい血が流れ、幾多もの死体が転がります。
雇い主でさえ無情に殺害する姿には怖気さえ感じました。
存在感満点なシガーは、黒い雲もように映画の後半を覆い尽くしていきます。


トミー・リー・ジョーンズ演ずる保安官ベルは世の理不尽な暴力に疲れ、引退を考えています。
「最近の犯罪は理解出来ない」、と。
頭脳明晰で温情もあり、どこか飄々としている。
ベルはモスをシガーから救おうとします。
ジョーンズの演技も素晴らしい。
この老保安官夫妻の場面は映画に数少ない、ほっと一息付ける空気が流れています。


122分のこの映画、90分くらいは近年稀に見る密度の濃いヴァイオレンス・サスペンス・アクションとして出色の出来栄えです。
息を呑むどころか、潜めたくなるほどの緊張感。
迫力満点の撃ち合いも含めて、画面から目も耳も離せません。
ところが終幕になって予想外の展開を見せます。
「それまでの意味や展開は何だったの?」という問いが、映画を観ている最中の私の頭を駆け巡りました。
そして長台詞の後のエンドクレジット。
呆気に取られそうですが、この捻った味わいもコーエン兄弟らしい。


元々理不尽な展開の方が面白い映画を作っているこの兄弟らしく、理に落ちないこの映画は抜群の出来です。
その象徴がシガーという男。
彼こそが映画の核とさえなり得る存在として描かれています。
しかし真の主人公が誰だったか分かるラスト・シーンに、この映画のメッセージが込められているように思えました。


世の中はつらく厳しく、人生もまたしかり。


しかし最後に至って心の平穏を得た主人公の姿を美しいと思ったのは、私だけでなかったのではないでしょうか。