days of cinema, music and food

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There Will Be Blood


ダニエル・デイ=ルイス主演、ポール・トーマス・アンダーソン脚本&監督作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』初日に行って来ました。
20時半からのシネコンでのレイトショーは、こぶりな劇場で4割程度の入り。
とまれこういった単館系、アートシアター系映画が近所にある最新鋭のシネコンで観られるのはありがたいこと。


冒頭。
不協和音を奏でる弦楽器が鳴り響き、荒涼たる原野が映った瞬間、「ギョルギィ・リゲッティが鳴った『2001年宇宙の旅』だ!」と思いました。
こちらは内的宇宙の旅を描いた大作になっています。


映画は20世紀初頭の石油王となった男の半生を描くもの。
演出自体も予想通りに中々力が入っています。
PTAの脚本も演出も、過去の作品と違って正統派そのもの。
素早いカッティングや縦横無尽のキャメラワークは影を潜め、長回しやじっくりした移動撮影を組み合わせ、富の成功と裏腹に、自らを闇に閉じ込めていく主人公の行動を追って行きます。
前作『パンチドランク・ラブ』は見逃したのですが、『ブギーナイツ』や『マグノリア』とはかなり違った作風。
この2作がマーティン・スコセッシロバート・アルトマンの影響が色濃いとするならば、こちらはエリア・カザンジョン・フォードなどの往年の名監督に近い、じっくり腰を据えた力強いタッチ、などと言うのは褒め過ぎでしょうか。
物語を追うことに左程興味が無い点でスコセッシやアルトマンに近い、というのは往年の正統派ハリウッド映画とはやはり違うのではありますが。


そして主人公の存在感が物凄く強烈です。
デイ=ルイスの豪胆な演技は、予想通りに『ギャング・オブ・ニューヨーク』路線。
頭脳もあり、確かな技術力もあり、根性があり、執念深く、ずる賢さもある主人公は、全編ギラギラと脂ぎっています。
ただ、観ていると強欲そのものというより、どこか虚無的なところが興味深い。
人間嫌いで、終盤には巨大で豪奢な屋敷に閉じ篭り、そこでも徹底した傍若無人に振舞ってしまう。
キャメラは一歩も外に出ることなく、遂には映画自体彼の中に吸い込まれてしまったかのよう。
まるで映画のブラックホールのような主人公は、長い間記憶に残りそうです。


知っている役者はデイ=ルイス、主人公と敵対する、若く野心的な牧師役ポール・ダノ、主人公の片腕役キアラン・ハインズ、主人公の腹違いの弟役ケヴィン・J・オコナーだけですが、彼らだけではなく出演者全員が非常に素晴らしい。
脇役は皆、土の匂いがするというか、土着の香りがします。
そして主人公が息子として育てる幼い子供役ディロン・フレイジャーも素晴らしい。
石油採掘事故の巻き添えで聴力を失い、自分の殻に閉じこもってしまうというのは、父親とダブだけではなく、『ブリキの太鼓』のオスカルとも通じるものがあります。
いや、この子の顔立ちが、あのダーヴィット・ベネントを思い出させるのですが。


比較的低予算の映画なのですが、2時間半以上もあり、映画自体の風格もあります。
好き嫌いを通り越して、主人公の荒れた心象風景と、そこに巣食うドス黒いモノを、広大な荒野に眠る石油にダブらせ、圧倒的迫力です。