days of cinema, music and food

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The Curious Case of Benjamin Button


デヴィッド・フィンチャー監督による『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を観て来ました。
公開2日目の日曜日昼過ぎ、シネコン内大き目の小屋は6割の入り。
興行側にとっての期待に比して、どの程度の入りなのでしょうか。


私にとってデヴィッド・フィンチャーは、「1作おきに成功作を作る監督」というイメージを持っており、前作の『ゾディアック』が面白かっただけに、今回はやや心配でした。
いつもの順番からすると、今回は「イマイチ」になるからね。
がしかし、これは彼の傑作の部類に入ります。


老人として産まれて赤子として死ぬ主人公の数奇な人生を描く、というのは既に宣伝で広まっていることだと思います。
が、映画を観終えてまず最初に思ったのは、「案外、平凡な人生じゃないか」というもの。
人は歳を取ると子供に戻っていくとはよく言われますよね。
その言葉通りの展開になっていきます。
つまり主人公ベンジャミンの生涯は、我々一般人と同じようなもの。
人が生きていくということは、周囲の人の老いを、死を目撃するのと同じこと。
ベンジャミンが若返っていこうが、老いていこうが、結局は時の流れは戻せない。


映画の冒頭に、戦争を息子を亡くした時計職人が時を逆さに刻む大時計を作るエピソードが登場します。
しかし時は戻らない。
誰の人生であってもそう。
人はいずれ死ぬからこそ、生きて行くのである。
未来惑星ザルドス』に通じる厳しいテーマを持ちつつも、寓話のオブラートで包んだエリック・ロスの脚本と、フィンチャーの演出は素晴らしいと言えましょう。


そしてこれは、近年お目に掛かった映画の中で、最も美しい映画とも言えます。
先に述べたエピソードもそうですが、寓話や過去の場面にはそれとはっきり分かるよう、フィルムに傷が付いたかのような映像になったりします。
また、海の場面では最初は如何にも特撮っぽいのですが、時代が進むに連れて徐々にリアリズムを増していきます。
主人公のブラッド・ピットケイト・ブランシェットもCGやメイクアップで加工された場面が殆どで、彼らの老いや若く美しい顔もたっぷり拝めます。
そのどれもが物語と雰囲気に貢献しており、全体を美しくも悲しい寓話として彩っています。
こういった特撮場面だけではなく、微妙に陰影を付けてあるライティング等も含めた撮影自体も一級品です。


サウンド・デザインは『セブン』以降のフィンチャー作品常連のレン・クライス。
激しい戦闘場面や静かな屋内の場面なども含めて、細かな音が演出されていて、これも渋い聴き所でしょう。


全体に淡々とした作りで、フィンチャーの演出は『ゾディアック』の系列になりましょう。
ゆったりとしたテンポを心地良いか、退屈と見るかで、随分と評価も変わりそうです。
私は贅沢で美しい芸術品を堪能させてもらった気分です。


そもそも内容からして好き嫌いが分かれそうな作品ですが、興味引かれた方には是非お薦めしたい映画です。


尚、映画を観るまで気付きませんでしたが、主人公の実の父親はボタン(button)業で材をなしたバトン(Button)氏。
だから映画の冒頭、ワーナーブラザースパラマウントロゴマークがボタンで表されており、本編では「バトンのボタン(Button's button)」と言われているんですね。
字幕ではそこらへんは無視されていて、少々残念でした。
というか、登場人物の日本名を「ベンジャミン・ボタン」にすれば良かったのかな…?