days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

3:10 to Yuma


昨日の雪辱を晴らすべく、今日もラゾーナ川崎まで行きました。
そう、『3時10分、決断のとき』を観る為に。
但し今度は自宅から車なので、片道50分ほど。
お盆休みなので多少は道も空いていました。
それと今回は、事前にオンライン購入しておきましたとも。
劇場に着くと、やはり「ウリキレ」の文字がありました。
87席の劇場は12席あるプレミアシートも含めて、文字通り満席。
チケット購入だけして来ないという酔狂な人(たまに居るんですが)も居なかったようです。
要は本当にこの映画を観たいという人が集まったということなのでしょう。
男女比は6:4くらいでしょうか。
もっと男性客のほうが多いと思っていたので、少々意外でした。
ラッセル・クロウクリスチャン・ベイルのスターパワーか?
映画の評判が良いというのもありましょうが。


さて映画は西部劇です。
極悪人の強盗団リーダーのベンが捕まります。
裁判を受けさせる為に3時10分発ユマ行きの列車に乗せなければなりません。
貧農のダンはお金の為に駅までの護送任務に就きますが、ベンの仲間がボス奪回の為に付け狙っていたのです。


かようにプロットは単純明快です。
しかし原作はエルモア・レナードです。
愉快なお喋りをする悪党を主人公に、二転三転する展開はお手のもの。
この人、事前にプロットを決めずに筆の赴くままに書くタイプの作家ではないでしょうか。
一時期彼の犯罪小説をかなり続けて読みましたが、そんな印象を受けました。
オリジナル版の1957年製作『決断の3時10分』は観ていませんが、グレン・フォードがベン、ヴァン・ヘフリンがダンを演じていたようです。
そうか。
レナードってそんな時期からもう作家をやっていたのか。
近年の作品は邦訳が出ませんが、まだまだ現役なのは嬉しいですね。
日本では余り売れないらしいのですが、新作も翻訳して出してもらいたいものです。


ということで話の面白さは保証付きですが、特長的なのが人物描写です。
出色なのはベン。
頭脳明晰、記憶力抜群。
スケッチをたしなみ、聖書をそらんじる知性を持ち合わせます。
会話も魅力的で、一見すると人好きします。
しかしその早撃ちは冷酷非情で、目的の為ならば部下の命を奪うこともいとわない。
恨みを忘れず、怒りを爆発させると躊躇無く殺人を行います。
チョイ悪どころか極悪非道そのもの。
しかしダンの14歳になる息子ウィリアムのみならず、観客の心を鷲掴みするのは、台詞が面白いだけではなく、ラッセル・クロウの演技が抜群だからです。
カリスマ性を発揮している点で『グラディエーター』に並ぶ演技だったのではないでしょうか。
近年のクロウは太った役が多いので、久々に痩せた姿を見ました。


一方のダンは南北戦争で片足を不自由にし、痩せた土地で近隣の実力者の嫌がらせを受けながら、妻と2人の子供を養っています。
貧しく、また恐らく反抗期であろう息子ウィリアムから冷たい蔑みの視線を浴びながら、家族の為に必死になっている男。
クロウに比べて損で地味な役ながら、しかしこの映画の終盤に輝いているのもクリスチャン・ベイルの渋い好演にあります。
思えばベイルは不思議な役者です。
主役にも関わらず、『ダークナイト』ではヒース・レジャーの、『ターミネーター4』ではサム・ワーシントンの引き立て役でもありました。
本作での彼もそう。
しかしダンの本心が、そこまでの耐えて耐えてといった風情が、その理由・真実が明らかになる終盤で、ベイルの演技が胸を打ちます。


思い返すとベンもダンも、その行動にブレがありません。
一見するととらえどころのないベンでさえ、男気という点で首尾一貫しています。
だからこその3時10分でのそれぞれの決断。
迷いの無い主人公は清々しい。
これが何もかも万々歳といかない映画のラストを迎えても、爽快な気分を味わえる理由でしょう。
相棒映画かと思いきや、実は父子の絆を描く映画だったという終幕の意外な展開も含めて、主人公がしっかり描かれているので全て納得してしまう。
アパッチ族の襲撃など久々にお目に掛かりましたが、アメリカ先住民の居留地問題をさり気なく滑り込ませているし、中国人労働者のさらりとした描写も含め、娯楽映画でありながら現代的視点を入れているのが面白い。
これは非常に良く出来た脚本です。


映画の本当の主人公がベンなのかダンなのか。
その見方によっても余計に楽しめるでしょう。
私は映画が終わった直後は、父から息子への心の絆と継承を目撃したベンが主人公だと思いましたが、今は大切なものを息子に見せた父ダンの映画でもあったと思いました。


主人公のみならず、脇役も面白い。
中でもベイルを食いそうな勢いのあるベン・フォスターは良かった。
ボスのベンに心酔した冷酷非情なチャーリーを演じ、儲け役ではあるものの、強烈な印象を残しました。
西部劇でおなじみのピンカートン探偵社の賞金稼ぎ役ピーター・フォンダなんて、役も面白いけれども、事前に知識が無ければ彼とは分からない老け振り。
この映画のプレミアでの写真など見るに付け、どうやらメイクだったようです。
アラン・テュディック演ずる獣医師も見せ場あり。
台詞のある女性は2人しか出ませんが、ダンの妻役グレッチェン・モル、ベンと関係を持つ酒場の女主人ヴィネッサ・ショウも、それぞれ苦労して人生を歩んで来た感じが良く出ていました。
ヴィネッサ・ショウ昨夏DVDで観たヒルズ・ハブ・アイズ』以来の再会ですね。


人物描写に厚みがあるのは、監督がジェームズ・マンゴールドだからでしょう。
17歳のカルテ』と『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』と佳作を撮っていました。
一方、快作(怪作)『”アイデンティティー”』という、ショッカー/ホラー/スリラーの監督でもあります。
初期の『コップランド』は未見ですが、これはアクション・ドラマ映画ですね。
となると、本作はマンゴールドの集大成とも言えそうです。
前半は丁寧に人物を描き、町に出発する中盤以降もドラマの手綱を緩めず、人物と要所のアクションで緊張感を持続させ、終盤の町内での銃撃戦でも迫力満点かつダイナミックなドラマを笑いと共に描く。
実際のところ、アクション場面は終盤を覗いて少ないのに、人物関係そのものが動的なので、全体にアクション映画の印象があります。
マンゴールドの、自分の個性を出しつつもドラマと緊張感とアクションを上手くミックスした腕前は、誉めてしかるべきです。
但しベンの早撃ちは編集で細かく割らないでもらいたかった。
昔の西部劇の方が俳優個人の「芸」で見せてくれたので、驚きも大きかったですよね。
『シェーン』のアラン・ラッドなんて凄かったもの。
クロウも『クイック&デッド』でのクライマクスの早撃ちが印象的だったので、ああいった撮り方を期待していたのですが。
ここは少々残念でした。


音楽はマルコ・ベルトラミ
『スクリーム』シリーズや『ミミック』等のホラー映画での功績は認めつつも、メロディが印象が残らないので余り好きな作曲家ではありませんでした。
しかし先日感心した『ノウイング』同様、こちらも好調でした。
印象的なメロディを配置しながら、アクションとスリルを盛り上げる。
これはかなり嬉しいですね。


こんなにも面白い映画なのに、2年間未公開のままだったのは、恐らく配給権が高かったからではないでしょうか。
主役2人はスターなので高い、でも西部劇だから日本では到底当らない。
つまりペイ出来ない価格だ、と判断した会社が多かったのでしょう。
それでも配給したシナジーという会社の英断には拍手したいですね。
クリスチャン・ベイル知名度が2年前と違って来たのも、理由にあるのでしょうけれどもね。
提供がジュネオン=ユニバーサルだったので、Blu-ray Discも出て欲しいなぁ。
もちろん、出たら買いますとも。