days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Drag Me to Hell


サム・ライミ久々のホラー映画『スペル』を観に行って来ました。
先月は一度も劇場で映画を観れなかったので、楽しみにしての鑑賞です。
公開3日目の日曜12時15分からの回は、187席が4割程度埋まっていました。


原題が『私を地獄に連れてって』なのに、半ば意味不明な「呪文」という邦題は何だかなぁ、と思いました。
どうやら原題に近いものだと、女性観客の動員を見込めないからとか。
その理由も何だかなぁですな。


ともあれ、ライミのホラー映画って『ギフト』以来ですから、相当に久々ですね。
しかも『ギフト』『シンプル・プラン』と「お行儀の良い」作品が続いていた時期のあちらですから、初期の『死霊のはらわた』を思い出させる作風は、観ていてニヤニヤさせられました。
ライミ自身も久々と思ったのか、ユニバーサル映画のロゴは1980年代のものを使用しています。
つまりは原点回帰を意識したのでしょう。


この映画の可笑しさは、全てが徹底的にやり過ぎなところ。
と言っても、『死霊のはらわた』のような人体破壊描写は殆ど無く、目玉がすぽーんとか、口から蛆虫がやたら大量に飛び出したりとか、噛み付いたのに入れ歯が無いとか、鼻血どぴゅぴゅーといったもの。
どれも残酷ではなく、思わず笑っちゃうブラックユーモアです(場内で笑っていた人は殆どいませんでしたが)。
この映画が映倫ではGというのも、相当に疑問ではあります。


脚本も何気に徹底しています。
醜い老婆の住宅ローン返済の延長を断った為に、老婆から死の呪いをかけられた銀行勤務のヒロインが、悪戦苦闘する4日間。
プロットだけ取り出すと、リチャード・バックマンことスティーヴン・キングの『痩せゆく男』の同工異曲とでも言っても良いもので、要は理不尽な呪いを振り払うべく、徹底して好戦的なまでに戦う主人公を描いています。
彼女も含めて人物造形が明らかにステレオタイプ
主人公は、農家の娘でかつて太っていた野暮ったい娘。
如何にも田舎臭いという設定です。
アリソン・ローマンがぴったりで、しかも身体を張った大熱演。
呪いをかけるのはロマ(ジプシー)の老婆。
汚い爪でヒロインの机をカタカタ鳴らし、観ていないところで机上のキャンディを全て盗み、汚い鼻汁やら口から緑色の汁を出し、総入れ歯をハンカチに包んでいたりで、観客の嫌悪感をそそらせます。
ヒロインの理想的ボーイフレンド(ジャスティン・ロング演)はもちろん知的白人で、切り札はアメックス。
霊媒はヒスパニック系で、ヒロインにとり付いた悪霊とは因縁浅からぬ関係。
ヒロインの同僚はアジア系(恐らく中国系)で、出世の虫で胡麻スリ且つ金の亡者のいけ好かない奴。
プロットは単純でも、意図的にステレオタイプな人物像を描き出しています。


面白いのは、ヒロインは自分の良心に従えばローン返済延長を認められたのに、目の前の出世に目がくらみ、支店長の前で「Tough Decision(厳しい決断)」を下すこと。
その相手が2度もローン返済が滞っていた、という言い訳も成り立ちますが、観客の同情を引くのは明らかに老婆ではなくヒロインである点です。
全編出ずっぱりのアリソン・ローマンと観客を同化させる為の細工を徹底させており、その細工を分かりやすく伝える為にステレオタイプで全編埋めていったのではないでしょうか。


ステレオタイプなのは人物像だけではなく、数々のショック場面もそう。
観客をとにかくびっくりさせてやろうとする意図が見え見えで、ホラー慣れしていればそう怖くもなく、むしろ笑ってしまうくらいなのですが、逆にホラー慣れしていないと結構怖いかも知れません。
事実、観客に女子高校生くらいの数人連れが居ましたが、彼女達はかなり怖かったらしくきゃぁきゃぁ騒いでいました。
これもホラーを劇場で観る楽しみではあります(^_^)。


次第に追い詰められていく境遇でありながら、主人公が自らの運命及び悪霊と徹底して戦う姿勢なため、映画の雰囲気は陰性になりようがありません。
戦うのは文字通り身体を張って。
老婆に襲われたら大アクション。
死体に取り付かれたら振りほどく。
CGを多用しているのに、同時に特殊メイクも多用した映像のお陰もあって、呪いを題材にしているのに実在感があるのがライミらしい。
思えば『死霊のはらわた』も悪霊と戦うのに、肉体アクションばかりでした。
ライミが『スパイダーマン』を撮るのは必然だったという考え方も出来そうです。


そんな訳で新鮮な驚きは展開も含めて殆ど無いものの、全編スラプスティックなまでの肉弾戦アクションと、ハイペースな語り口のお陰で、如何にも規模の小さいホラー映画ではあっても楽しめます。
傑作ではないけれども、ホラー映画好きならば一度は観ても良いのではないでしょうか。


追加音楽を担当した『スパイダーマン2』以降、ライミと組み続けているクリストファー・ヤングの音楽は、メロディラインもはっきりしていて、しかも大袈裟でハッタリが効いたもの。
作風に合った的確かつ楽しいものでした。