days of cinema, music and food

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Waltz with Bashir (Vals Im Bashir)


有給を取って映画鑑賞です。
戦場でワルツを』を観に行って来ました。
金曜朝10時15分からの回、シネスイッチ銀座1は7割くらいの入り。
当日まで知らなかったんですが、レディースデーで女性は900円だったのですね。
話題の映画でもあるし、盛況なのは結構な事です。


中東関連、特にイスラエルパレスチナの関係については、何度色々な解説を読んでも中々頭に入って来ません。
複雑だというのもありますが、感情的な対立が根底にあるので理解し難いというのもあると思います。
この映画は、歴史の知識もあった方が良いものの、個人の感情と普遍的なテーマを扱っているので、かなり素直に頭に、心に入って来ました。
語りの手法が個性的且つ分かりやすいのもあるのでしょう。
イスラエルの兵士からの視点による、セミ・ドキュメンタリのアニメーション映画なのです。


映画監督のアリ・フォルマンは、1982年の19歳時におけるレバノン侵攻の記憶がすっぽり抜け落ちていることに気付きます。
唯一ある記憶は、照明弾が光る夜、高層ホテルが建ち並ぶベイルートの海で全裸で漂うイメージのみ(ポスターの絵柄)。
そこで彼はイメージに登場する旧友を訪ねることをとっかかりに、当時の自分を探して回ります。


実写ドキュメンタリだったら退屈を誘われたかも知れない、過去の自分探しの旅ですが、本作はアニメーションによるものなので興味深く観られます。
現在のフォルマンと過去の再現アニメが交錯していく様は、アニメならではのデフォルメされた映像もあって、非常に求心力が高い。
この手法は吉と出ました。
ロトスコーピングでは無く、ヴィデオ撮影された映像を手書きでトレースし、FLASHで作られたとか。
日本のアニメや大作フルCGアニメと違って、繊細さには欠けるし、表情も意図的なのか豊かではありません。
しかしそれがこの作品には合っています。
色彩や動きが様式化された、どこかぎこちない、滑らかではない世界が。


原題の『バシールとワルツを』のバシールとは、就任直前に爆殺されたレバノンの親イスラエルの大統領バシール・ジェマイエルのこと。
アリ・フォルマンの戦友が、バシールのポスターの前でダンスをするが如く機銃掃射する場面から取られています。
被さるのはショパンのワルツ。
緊迫感とユーモアと美しさと虚しさが伝わる場面です。


映画は徐々に真相に迫っていきます。


アリ・フォルマンは無意識の内に自らの記憶を封印して来たのです。
その原因はまだ10代の若者にとっては、余りに苛烈な体験だったのです。


主人公が辿っていくと地獄だったという結末は過酷ですが、誰を告発するのではない、あるがままの重い真実の提示というところに、静かな怒りを感じました。


尚、パンフレットによると、日本版は一部カットされたようです。
レバノン侵攻後に軍幹部が占拠した豪邸でポルノ・ヴィデオを見る場面があるのですが、無修正上映が不可能だったのでアリ・フォルマンの指示によって日本版はカットされたそうです。
各国によって修正されたりカットされたりした場面だそうですが、イスラエルの若者たちが外国で初めてポルノを知った衝撃、という意味では残してしかるべきでしょう。
この手の話を知る度に、表現の自由の観点からげんなりしてしまいますね。
とは言え、映画全体の印象度には変わりありません。
是非、お薦めしたい秀作です。


マックス・リクターの音楽も印象に残るものでした。