days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

"The Adventures of Baron Munchausen" on Blu-ray Disc


先日劇場で観たテリー・ギリアム作品『Dr.パルナサスの鏡』に若干の欲求不満を感じたので、久々にこちらを観たくなり、早速注文していました。
ようやく観られた、という訳です。
その映画は『未来世紀ブラジル』の次に発表した『バロン』です。
日本での劇場公開は1988年で、『未来世紀ブラジル』でギリアム作品劇場初体験で圧倒された身としては、当然のように劇場まで駆け付けています。
超大作なのに渋谷道玄坂の小ぶりのスクリーンで少々残念でしたが、劇場内は大爆笑の連続。
非常に楽しい思いをしたものでした。


子供の頃、ほら男爵の話を聞いたことのある方も多いことでしょう。
私は砲弾に乗って空を飛んだ話を覚えています。
これは、そのほら男爵ことミュンヒハウゼン男爵を主人公にした、壮大且つ荒唐無稽な冒険譚なのです。


ときは18世紀。
トルコ軍包囲下にあるドイツの海岸沿いの町から物語は始まります。
攻撃によって廃墟と化した劇場での舞台に、突如男爵が現れます。
自分がトルコ王の怒りを買い、戦争のきっかけを作ったのだと。
耳を貸さない群集の中、彼を1人信じたのが劇団長の娘である少女サリーです。
男爵はサリーと共に世界に散らばったかつての部下たちを探して連れ帰り、町を救おうとします。


目を奪うのは大量に投じられた物量攻勢の数々です。
量感のあるセット、凝った衣装の数々、スケールの大きな特撮。

特に凄いのは、ローマはチネチッタ撮影所に作られたセットの数々です。
廃墟の町、荒れ果てた劇場、豪華なトルコ王の宮殿、ベニヤ板のような月の王国など、様々な意匠に富んだダンテ・フェレッティによるプロダクション・デザインが素晴らしい。
それらを映し出すジュゼッペ・ロトゥンノの撮影も見事です。
温かみのある色彩を映画の基調とし、奥行きのある構図を効果的に配し、スケール豊かな時代劇との印象を与えます。
チネチッタでの撮影や、フェレッティ、ロトゥンノといったスタッフの起用により、フェデリコ・フェリーニの画のタッチが加わったのは意図的なものでしょう。
時に人工的な映像を観るに付け、フェリーニの『カサノバ』を思い出してしまいました。


特撮は当時のギリアム作品らしくミニチュアを多用したもの。
激しい嵐にさらされる気球が墜落した後の、静寂が支配するかのような(実はとんでもなく大笑いで騒々しいのですが)砂の世界である月面。
島と同じ大きさの巨大な魚とその腹の中。
また、男爵の部下たちの活躍も、ミニチュア特撮を駆使して笑わせてくれます。
韋駄天バートホールドの疾走。
怪力アルブレヒトの力技。
肺活量男グスタヴァスのあらゆるものを飛ばすひと吹き。
千里眼かつ狙撃の名人であるアドルファスの活躍は、その性質上映像上やや地味めですが、爽快感のあるものと言っておきましょう。
最新作『Dr.パルナサスの鏡』ではミニチュアよりもCGが多くなっていましたが、やはりギリアムにはミニチュア特撮の方が似合っています。
リアルさよりも作り物めいた、でも精巧な世界。
『Dr.パルナサス』でもCGをわざと作り物っぽくして、ギリアム作品風に仕上げていましたが、それでもミニチュアの質感には敵いません。


スケールの大きな映画ですが、大きさの大小にもこだわっているのもギリアムらしい。
一つ目巨人サイクロップスどもを引き連れている大男の神ヴァルカンは、実際には小柄で男爵より背が低い。
怪力アルブレヒトは背を縮こまらせて「私は本当は繊細なんです」と言います。
ギリアム作品常連の小人俳優ジャック・パーヴィス演ずるグスタヴァスは、物凄い肺活量を持っています。
大きな筈が小さく、小さな筈が大きい。
見た目と本質の違いといった小難しい理由を述べることも出来ましょうが、ここはギャグと視覚面での差異を楽しみましょう。


目を引く場面を挙げろというのであれば、ユマ・サーマン演ずるヴィーナスの登場場面になります。

ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を模した場面は美しく、これは名場面となっています。
この場面や、あるいは序盤のトルコ宮殿における牧歌的なヌードの使い方も、ギリアムらしい。
また、ヴィーナスと男爵との空中ダンス場面も、マイケル・ケイメン作曲のワルツの旋律とあいまって印象に残ります。


物語は荒唐無稽であっても、物語を物語るのが難しい時代、つまり理性や論理ばかりの世界で物語を物語るというテーマが、現代にも通用するものとなっています。
このテーマは『Dr.パルナサス』にまで引き継がれており、ギリアムの一貫した主張でもあります。
『バロン』の前作『未来世紀ブラジル』で抑圧された管理社会で抵抗を試みる主人公を演じたジョナサン・プライスが、こちらでは逆に戦争でさえ管理しようとする役人として出演しています。
何しろこの役人は、1人で敵トルコ軍に乗り込んで大活躍した兵士について、混乱を招くといった理由であっさり処刑させてしまうのだから。
兵士役がスティングで、わざと素人然とした演技なのも面白いです。


男爵は身なりは立派で女性に優しいよぼよぼの老人として登場しますが、冒険を重ねるに連れ若返り、しかし失意の底に陥るとまた老人になってしまいます。
彼こそは夢見る男の象徴。
しか現実に挫折し、単なる現実逃避をしようとするときもあります。
そんなとき、現実に連れ戻そうとする心強い存在が、サラ・ポーリー演ずる少女サリーです。
彼女は成長した今となってはユマ・サーマンを思わせる美人となりましたが、新旧ユマ・サーマン共演の映画としても面白いですね。
夢や理想を持ち、現実でも努力しようとするサリーこそが、この映画の要。
サリーの存在が男爵を鼓舞し奮起させ、最後の大団円へと繋がるのですから。


若い時分にはあれほど大活躍した部下たちも、今や自分を忘れた弱い老人となってしまっています。
蘇った男爵は捨て身の作戦で部下たちを蘇らせ、それが終幕の大スペクタクルを呼ぶのですが、そこはこれから映画を観る方たちの楽しみに取っておきましょう。
幾たびかの底や山を体験し、理想を持ち得た男爵は民衆を率い、苦しい現実を打破する。
このくだりは感動的です。
時代を超越し、民衆に理想を持つ心、夢見る心を残した男爵は、だからふっと消えるのです。
ギリアムの演出と脚本(アドルファス役チャールズ・マッキオンと共同)は、冒険に出掛けるまでのペースに混乱がありますが、それもまた彼らしく、ファンにとってはむしろお楽しみ程度の欠点にしか過ぎません。
わき道こそあれど本筋は外さず、本作はテーマ同様に物語をきちんと物語っています。
そこが『Dr.パルナサス』との大きな違いでしょう。
久々に観直してみて、今更ながら内容にも感銘を受けたのでした。
終幕は拍手拍手です。


女性への視線も忘れる訳にいかないでしょう。
劇団一座のチラシに見るサリーの扱い。
チラシには「娘」ではなく「息子」だと書かれているのです。
それが嫌で街に貼られたチラシを手書きで「daughter」と書き換えるサリー。
もちろん、映画の最後で男爵が花を渡すのは彼女なのです。
当時8歳のサラ・ポリーも堂々たるもの。
そうそう、主人公ミュンヒハウゼン男爵を演じるジョン・ネヴィルも、大仰な演技が作品に合っていて楽しい。
精悍で堂々とした中年と、現実に打ちひしがれた老人のコントラストが目立ちます。


月にいる自称万物の王役のロビン・ウィリアムズ、火山の中にいるヴァルカン役故オリヴァー・リードら、ヴェテラン男優陣も笑わせてくれます。
忘れてならないのは、モンティ・パイソン時代からギリアムと付き合いのあるエリック・アイドル
すっとぼけた味わいを、演技と作詞で披露してくれてファンとしては嬉しい。
そのアイドルと挿入歌「処刑人の歌」で組んだ故マイケル・ケイメン
地味なメロディばかりで余り好きな作曲家ではなかったのですが、『デッドゾーン』と本作は大好きです(『リーサル・ウェポン』シリーズや『ダイ・ハード』1-3などでも効果的な曲を付けていますが、面白いかどうかは別でした)。
特に本作は元気の出るファンファーレ、優雅なワルツと、メロディ・ラインも明確で覚えやすい。
質的にはケイメンの代表作と言っても良いのではないでしょうか。


BDとしての画質ですが、光学合成部分は粗くなるのは致し方ないところ。
やや引きの画になると甘くなったりしますが、大画面で観るには十分なもの。
色も華やかですし、セットやミニチュアの量感も伝わって来ます。
音は元々がドルビーステレオSR(スペクトラル・レコーディング)と、アナログのドルビーシステム終期のもの。
解像度とかは新作と同等のものを求めない方が良いでしょう。
冒頭の大砲の音が低域不足で少々がっかりしますが、ところどころに轟くような低音が入っていました。
音楽や環境音を中心にサラウンドしますが、細かな効果音の移動などは期待しないようにしましょう。


メニュー画面も劇場を模したデザインで楽しい。

しかも映画の見せ場を再現したものとなっています。
映画を大切に扱ってくれているなと、メーカースタッフの心意気を感じて嬉しくなりますね。


さて大好きな映画なので、レーザーディスクも買っていました。

左側がLD、右側が劇場で買ったパンフレットです。
私が持っているLDは最初にリリースされたもので、画面比1.33:1のもの。
今回のBDとの比較は行っていませんが、映画は元々スタンダードで撮影されていたので、LDの方が天地が広い可能性もありそうです。
後に米クライテリオン・コレクションの日本版豪華ボックスLDも出ましたが、そちらは買いませんでした。
で、今回のBDは特典てんこ盛りなので、期待しているのです。
時間を作って観て行きたいですね。
ギリアムとマッキオンの音声解説も楽しみです。
パンフレットには石ノ森章太郎も「夢ニュー」という文章を寄せていて、時代の流れを感じますね。



映画のタイトル『The Adventures of Baron Munchausen』が出るのは、エンドクレジット終了後、映画の最後の最後です。
このパターンはこの映画で初めてお目に掛かりました。
最近はエンドクレジットでタイトルが出る映画もぽつぽつありますが、エンドクレジットの一番最後というのはかなり珍しいと思います(他に1本くらいあったと思いますが、忘れてしまいました)。