days of cinema, music and food

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The Last Station


これもまた本当は9月24日に観た映画ですが、今更ながらご紹介です。
終着駅 トルストイ最後の旅』を観て来ました。
観たのは横浜ららぽーと内にあるTOHOシネマ。
朝いちから観た映画でポイントが溜まり、1本タダになったのです。
予定を変更して簡単な昼食後に映画を観ました。
それから帰宅し、都心まで飲食いしに出掛けたのですから、今思えば忙しくも楽しい日でしたね。


映画は文豪レフ・トルストイの最晩年を描いています。
トルストイ役はクリストファー・プラマー
かつては『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐役のイメージが強かったですが、近年の活躍振りですっかり老獪なバイプレイヤーの印象が強いです。
もちろん、好きな俳優です。
で、実はこの映画の本当の主役は、世界三大悪妻の1人とされているソフィヤ・トルストイなのですね(因みに他の2人は、哲人ソクラテスの妻クサンティッペモーツァルトの妻コンスタンツェ)。
夫を苦しめ、その不和から家出した文豪のイメージがあったので、フィクションとは言えこの映画を観ると、それとの落差に驚きました。
十人以上もの子供を産んで育て、『戦争と平和』を6回も推敲したという、言わば内助の功そのもの。
しかし個人資産の否定をするトルストイは、自作の著作権を家族に残すのではなく、民衆の為にフリーにしてしまおうとします。
50年間も尽くしてきた妻にとっては一大事。
残された自分たちはどうなるのか。
そこから起きる軋轢と夫婦仲の崩壊と同時に、トルストイの思想に傾倒して秘書となった若きワレンチンの恋とを描きます。


トルストイ自身が自らの思想に対して頑迷ではなく、むしろ周囲の人間の方がそうであるというのも面白い。
文豪こそが矛盾の塊なのです。
贅沢を毛嫌いしつつも妻の財産で贅沢な暮らしをしている、などはその一端です。
またこの一筋縄ではいかな夫婦の関係が面白い。
未だに相手に恋をしているかのようですが、こと遺産問題となると激しい言い争いとなる。
ソフィヤ役ヘレン・ミレンとプラマーの相性は最高で、長年連れ添った夫婦という感じがしました。
一方、ワレンチン役ジェームズ・マカヴォイも、うぶで世間知らずの序盤と終幕とでは、まるで顔が違う。
びっくりしました。
この人、中々良い役者ですね。
トルストイの盟友であり、ソフィヤの敵でもあるチェルトコフ役ポール・ジアマッティは、相変わらず上手いです。


関係者の書簡はかなり残されており、それらから1つの物語を紡ぎ出したというジェイ・パリーニの原作はさぞかし面白いのでしょう。
しかしマイケル・ホフマンの演出は、いつもながら今ひとつ感銘を受けません。
彼の作品の中で観たことのある『ソープディッシュ』は大爆笑したし、『素晴らしき日』は結構面白かったし、『真夏の夜の夢』は楽しかった。
それらの作品と本作に共通しているのは、題材も面白いし、役者も揃っているのに、今ひとつ乗り切れないのはテンポがあともう少し良ければというのだけではなく、深みが足りないからなのでしょう。
もっと映画らしい映像を観たいし、役者の演技に頼り過ぎているのでは、という感が残りました。


以下、ネタバレです。
トルストイに詳しい人ならば周知の事実ですが。


トルストイの最期を知ったのは小学生時に読んだ学研まんがシリーズ。
『世界偉人辞典』でした。
そこに描かれていたトルストイの最期とは、家出をして数日後に行き先の駅で死んだ、というもの。
コマには椅子に座って死んでいるトルストイが描かれていました。
なので長年、トルストイ孤独死したのかと思っていたのです。
ところが映画を観てびっくり。
娘1人も含めて取り巻きと一緒、高齢なので医者も一緒。
行く先々では記者を含めマスコミもぞろぞろ。
トルストイは当時のセレブだったのですね。
なので家出先の宿泊地である駅も大賑わい。
妻ソフィヤも会おうと駈け付けます。
文豪の家出はかくも優雅、かくもユーモラスだったのです。