days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

A Single Man


みなとみらいの横浜ブルク13にて『シングルマン』が上映されていたのを知り、急遽行って来ました。
平日月曜14時10分からの回、観客は20人の入りです。


ケネディ暗殺前年の1962年ロサンジェルス
大学の英文学科教授ジョージは、半年前に十数年連れ添った恋人ジムを交通事故で失っています。
人生の価値、生きる価値を見失った彼はピストル自殺決行を決意。
その1日を映画は描き出します。


原作はクリストファー・イシャーウッドですが私は未読です。
監督と脚本、製作はイヴ・ランローランやグッチを建て直したことでも有名なデザイナーのトム・フォード
007/慰めの報酬』でボンドが着ていたスーツは、彼のデザインです。
ダニエル・クレイグがフォードのスーツ好きだから採用になったそうですが、日本では全く見掛けないですね。
取扱店も殆ど無いようですし。
まぁラグジュアリーなファッションが基本コンセプトなので、何にせよ70万円もするスーツは買えませんが。
で、本作ではコリン・ファースニコラス・ホルトが着る服のみフォードがデザインしています。


閑話休題
この映画は色々と優れていますが、まずはフォードの演出能力を褒めたい。
映画は全編、美に彩られていて、「醜いものは映さない」という意思が感じられるかのよう。
登場する男女は全て美男美女。
衣服はおしゃれ。
インテリアも小奇麗。
映像も冒頭の水中でのファースの裸体からして美しく撮られていて、アングルだけではなく、ジャンプカットを使った編集も含めて、これが全くの初監督作品かと驚かされます。
かように映画とは技術を駆使して作るものですから、当然ながら人工美に彩られるのは不思議ではありません。
得てして人工美ばかりだと冷淡さが目立つのも、よくある事例でしょう。
実際、映画に美男美女しか出ない時点で、わざとらしいとけなすことさえ簡単なのですから。


しかしこの映画、自殺を決意した主人公の心理を描くのに必要な「人間味」を忘れていません。
冷たく無味乾燥といった単語こそ、この映画からかけ離れたもの。
フォードは主人公ジョージと、彼を取り巻く人々を温かい眼差しで見つめます。
ジョージと、かつて恋人だったシャーロットのディナーの場面を思い出してみましょう。
ここで吐露されるシャーロットの心境により、哀しくも滑稽な人間そのものが描かれています。
もちろん、場をさらうジュリアン・ムーアの素晴らしい演技も、また彼女に応えるコリン・ファースの演技もありますが、質の良いインテリアや衣服やメイクアップを捉えることに腐心せず、彼らの演技を的確なアングルで掬い取ろうとするフォードの技量もまた、光っているのです。


映画の根底の1つにあるのは、同性愛者というマイノリティの苦しみです。
劇中に描かれている1962年は、まだまだカミングアウトなど出来ない時代。
主人公は長年同棲していた恋人の遺族の反対により、葬式にさえ行けないのです。
死に目にも遭えず、また葬式という別れの場にさえ居られない。
そして輝かしい日は過去のものとなり、時分にとっての未来は無い。
題材からすると主人公は同性愛者でなくても良いのですが、これは彼を徹底的に追い詰める為の設定なのでしょう。
同様に観客は同性愛者でなくとも良い。
主人公の境遇と心理を理解し、納得し、同情出来れば良いのですから。
そこから出発し、色々な小事件があって、ジョージは受け入れていきます。
それが眩しい。
だからこそ驚きの、そして人生にとって当然だからこその感動的な結末。
ここで明確に打ち出される、人生とは何か。
人生の幸福とは。
淡々としたタッチの映画は、寡黙でありながら雄弁、人工美に彩られながら人間味に溢れ、トム・フォードはいきなり記憶に残る佳作を作り上げました。
ゲイを主人公としていながら、映画の内容は極めて普遍的なものとなっているのです。


主演のコリン・ファースが今年のアカデミー賞候補になっていましたが、そんな祭ごととは関係無く、これは彼の代表作でしょう。
彼は色々と観て来ましたが、いやはや、本作のファースは本当に素晴らしい。
アメリカ在住のインテリ英国人という役がもうぴったりなのです。
元々無表情に近い演技を見せてくれる人ですが、本作もまた然り。
無表情の中の豊かな表情によって、主人公の人生に対する考え方の微妙な変化を映し出しています。
これは一見の価値があります。
それにしても、『秘密の花びら』と言い、『マンマ・ミーア!』といい、微妙にゲイネタが多いのも面白いことです。


過去の場面で登場する死んだ恋人役マシュー・グードも良かった。
ウォッチメン』のオジマンディアスしか見ていないのですが、本作の若々しい彼も良かった。
主人公を気に掛ける学生役ニコラス・ホルトは、子役だった『アバウト・ア・ボーイ』からすっかり高身長美青年に成長して、「ええええええっっっっっっ!!!」とびっくり仰天。
他人の子供は成長が早いとは言うものの、ここまで豹変するとは…(^^;


北米版ポスターは2種、どちらもセンスが良いですね。