days of cinema, music and food

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"The Hurt Locker" on Blu-ray Disc


ハート・ロッカー』のBlu-ray Discは、発売日から直ぐに1度、鑑賞済みです。
それから後日、製作&監督のキャスリン・ビグロー、製作&脚本のマーク・ボールの2人による音声解説を通して観ました。
音声解説は町山智浩お勧めのもの。
確かに映画の内容や人物に関する解説や、撮影当時の裏話、技術的な話など盛りだくさんで、なかなか面白い部類の音声解説だったと思います。
予算が無かったので装甲車を1台しか手配出来なかったとか、実際にアメリカ軍捕虜となったイラク人が傭兵たちの捕虜役になったとか、興味深い話がたくさんありました。


まずはBDとしての品質について触れましょう。
16mm撮影の35mmブローアップですから、全体がややザラついているのは当然。
理由は幾つか考えられますが、超低予算映画(製作費1,100万ドル)だったのと、機動性を考えてのものだと思います。
ですから高画質は期待出来無さそうなものですが、フィルムグレインはあってもディテールは潰れていないし、質感もしっかり出ていました。
中々の高画質と言って差し支えないでしょう。
優秀な撮影監督バリー・アクロイドの技術も堪能出来ます。


特筆すべきはやはりサウンド
はい、最初のホームシアター上映では深夜だったので思いっきり音量を上げられませんでした。
なので序盤の爆発場面も「あれ!?こんなものだっけ」と思ってしまいました。
ごめんなさい。
とんでもなかったです。
画面サイズに適した音量(私の場合は台詞の大きさが画面と合っているかが基準です)まで上げると、物凄い音が入っていました。
爆発音も腹に響くような低域が単純に入っているだけではなく、段階的に響く設計になっています。
自分の衣服が低域で振動するのも分かります。
超スローモーションで描写される、衝撃波で路上の小石が浮き上がり、廃車の鉄錆が散る映像との相乗効果も抜群。


中盤の狙撃戦での機銃掃射。
こちらも単純に腹に響く銃撃音があるだけではなく、排出される薬莢が熱を帯びているかのように聞こえます。


こうした派手は音だけではなく、小石がシャラシャラと落ちる音や、寂寥感のある砂漠の風など、細かい音響デザインも抜かりありません。
もちろん、そのような音を繊細かつ大胆に再生してくれる、アークスの白須さん&長谷川さんによるスピーカも相当優秀なのですが、ソフトに収録されている音自体もかなり優れていると思いました。



映画自体は劇場で鑑賞済みです。
直後の感想はこちら、その後改めて書き直したレヴューはこちらになります。
その後、町山智浩ツイッター上での映画の解釈を目にし、自分の解釈とは随分違うその内容に改めてこの映画への興味が沸きました。
その解釈については、本Blu-ray Disc同梱のブックレットにも簡単に記載されています。
劇場用パンフレットには無かった文章で、映画の解釈の助けにもなるものです。
そちらもまた、読む事をお勧めします。
ついでに言うと、ブックレット等を読むと興行的にも成功したかのように錯覚する方もいらっしゃるでしょうが、実際は逆です。
本作がアメリカ本国で大評判を取ったのは確かですが、興行的にはミニシアターでの限定上映に留まり、製作費もぎりぎり回収出来たかどうかだった筈です。
つまりポール・ハギスの『告発のとき』や、ブライアン・デ・パルマの『リダクテッド 真実の価値』同様に、イラク戦争映画は金儲けにはならない、という例をまたもや作ってしまった映画でもあるのです。


そんな訳で自宅での鑑賞は、町山解釈による視点を意識してみました。
なるほどと納得がいくとこともあり、面白い。
いや、だから複雑な映画は面白い。


以下、ネタばれになります。


町山解釈の本作の構成は次の通り(以下、町山智浩ツイッターから抜粋)。

脚本の構成を整理すると、主人公は爆弾処理が大好き→しかしイラクで自分の無力さに直面する→倫理的な限界まで追い詰められたところで解放されたように平和なアメリカに帰る→ところがそこには自分の居場所はなく生きる実感も持てない→戦場にしか自分の生はないと悟り、帰っていく。

主人公は最初、万能感を持っているが、後半、爆弾解体だけではイラクの人々を救えない現実に次々と直面し、闇夜に敵を探すが見つからず、その状況を招いたアメリカの罪を実感する。だから、イラクのお父さんに「本当にすみません」と謝罪するわけです。


上記に関しては、Togetterにまとめられています。

なるほど。
という事は、映画冒頭の字幕「戦争は麻薬である」はミスリードである、という事になりますね。
映画前半は主人公は何を考えているのかよく分からない、無鉄砲そのもののように描かれています。
それが映画の緊張感を高めてもいました。
私は劇場で観たとき、終幕で描かれていた主人公の混乱がその緊張感を失わせ、バランスを崩しているように感じました。
混乱の正体は、名も知れぬ少年の肉体を使った人間爆弾に象徴される、過酷な現実です。
結果的に仲間の命を危険にさらし、誤射もしてしまう。
さらに一般市民の身体に多数くくりつけられた爆弾を解除出来ず、市民を見殺しにしてしまう。
帰国するも日常生活が自分のいるべき世界とは感じられず、戦場のスリルこそが自分の生きる世界だと自覚して、戦いに戻る。
それは戦意高揚でもなく、アメリカ万歳とは全く異なります。
刹那的スリルに生きることを決意した男の物語だ、と。
そう解釈したのです。
それにしては、終幕の一般市民の男を救えずに言う「I'm sorry」という台詞の真の意味を図りかねていました。
「助けられなくてごめん」は確かにそうだけれども、本当にそれだけなのか?


町山解釈は私のそれとは大いに異なるもの。
「I'm sorry」は男に対してだけではなく、アメリカ政府が巻き起こしたイラクの混乱(フセインを排除して民族抗争の蓋を開け、市民を狙ったテロが続発するようになる)について、イラクという国に向けてのもの。
だから人命救助である爆弾処理こそが自分の生きる道だと自覚し、戦場に戻って行く、としています。
つまり最初は自信満々の若造だったのが、挫折して自覚し、成長する男の物語、と解釈できるのです。
要は主人公が終幕で下した決断は、自国政府=国家の尻ぬぐいを個人レヴェルで行う事なのです。
ラストでのジェームズが見せる満ち足りた表情と、特徴的な足取りが印象的な映画なのですが、ナルホド、そう思ってみると納得の行くものでした。
劇中ではジェームズの心理が説明調で語られておらず、行動が描かれるのみ。
また全体に淡々としたタッチで進むので、映し出される映像を基に論理的に考えるしかありません。
その点でも町山解釈はしっくりきました。


単なる娯楽映画としても楽しめますが、それだけだと作者の意図をすくい取れない、一筋縄ではいかない難解な映画だと思います。
もちろん、作者たちは兵士たちに敬意を払っています。
しかしそれと「戦争万歳」「アメリカ兵万歳映画」だとする解釈は、さすがに安易過ぎる気がします。


私は中盤の狙撃戦の場面が好きです。
手に汗握る緊張感というのもありますが、ここで初めて主人公ジェームズがサンボーンとエルドリッジ(と観客)に見せるさり気ない優しさが好きですね。


今度この映画を観るときは、また別の解釈が可能かどうか試してみたいですね。
かように捻くり回すことの出来る映画は、奥の深い映画とも言い直せます。
単純な娯楽アクション映画も好きですが、このような映画はもっと好きです。


それにしても。
あと1年、ジェームズは生き延びられるのだろうか。
ビグローは音声解説でその点に関して疑問を呈していますが、リアリズムで考えたら私も同意見です。
ですがここは希望を持って、彼ならばやり抜けられるさ、と思いたいものです。
彼自身も分かっているでしょう。
そう考えると、彼の下した決断や覚悟は相当に重いものなのです。


ハート・ロッカー [Blu-ray]

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映画の題名がようやくエンドクレジットに出て来る映画が多くなりましたね。