days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

冷たい熱帯魚


ツイッターのタイムライン上で以前から話題になっていた園子温(その しおん)監督作品『冷たい熱帯魚』を観て来ました。
私がタイムライン上で最初に見たのは、試写を見たらしき直後の水道橋博士の興奮したつぶやきでしたね。
それに興味引かれたのですが、その後徐々に色々な人たちの間で話題になっていきました。
やはりツイッターは面白い。


さて建国記念日である金曜20時45分からの回は20人程の入り。
都心では大入りだそうですが、やはり横浜近郊は客足鈍いようです。
1993年に発覚した、有名な愛犬家連続殺人事件に材を取った映画という事だったのですが、実際に映画を観てみると事件はあくまでもモチーフにしか過ぎず、かなりオリジナルな世界を構築していたように思えました。
理不尽にも凶悪犯罪に巻き込まれた気弱な男の話なのに、全体に湿っぽく、暗くないのが面白い。
からっとしています。
ラストも含めて全編黒い笑いに彩られ、突き抜け過ぎているからでしょう。


町で小さな熱帯魚屋を営んでいる社本(吹越満)は、若い妻妙子(神楽坂恵)と先妻との間に出来た今は反抗期の娘(梶原ひかり)と3人で家庭を築いていました。
ある日娘がスーパーの万引きで店に捕まり、夫婦は慌てて駆け付けます。
そこに居合わせた村田(でんでん)という愛想の良い男の仲裁で警察行きは免れ、娘は村田の経営する大型熱帯魚屋で住み込みで働く事になります。
村田はいつも明るく元気な男ですが、裏の顔も持っていました。
妻妙子を半ば強引に、半ば合意で犯し、社本には高級熱帯魚で儲かる話を持ち掛けます。
しかも村田は愛妻の愛子(黒沢あすか)と共謀して金持ちから高額な金を騙し取り毒殺していた鬼畜のような男だったのです。


実際の事件の犯人夫婦と、彼らに付け込まれて共犯となった気の弱い男の実像は知りませんが、そんなのはどうでも良いという位に強烈な映画です。
特にこの村田夫婦。
いや、もう、特にでんでんが凄過ぎ。
「はいてん、っしょ〜んっ!」とふざけて笑いを取るかと思えば、急に凶悪で冷酷非情な面をむき出しにする。
この落差が凄い。
登場場面の8割以上が明るく元気で、実際にそばにいたら鬱陶しくなる位のやかましい男だというのに、残り2割の冷酷非情さがぞっとさせます。
大声で恫喝する、平手打ちを食らわす、社本のそれまでの人生を見透かしたかのような言葉を連射する。
その合間におふざけを挟み込み、人間の持つ明暗コントラストが圧巻です。
これだけインパクトのある演技もそう滅多にはお目に掛かれません。
生首持ってふざけるなんて、神経が常軌を逸している人物像ならでは。
このでんでん体験は、私自身も忘れ得ない映画体験の1つとなりました。
とにかく強烈過ぎて、映画鑑賞後にパンフレットを買おうと売店に行った際、脳内に「でんでん、でんでん、でんでん…」とでんでんの名前が連呼され、映画のタイトルを忘れてしまった位です。
思い出すまで売店をウロウロし、2分くらいしてようやく思い出してパンフレットを買えたのでした。


でんでんも凄いですが、黒沢あすかも凄かった。
登場直後はいささかオーヴァーアクトが鼻に付いたのですが、映画が進むに連れて気にならなくなります。
そしてこの愛子がでんでん…いや、村田との相性がぴったり。
2人で共謀しての殺害場面の迫力や、フーターズのような女性店員とちょっとレズビアンちっくに戯れていたと思いきや、自分の出番が来たと判断するや否やの夫の援軍に駆け付ける等、いやはや全く。
露骨な全裸セックス場面もあれば、凄惨な死体バラバラ解体場面もあり、血みどろ高笑いに、終幕のでんでんと添い寝する映像の強烈さもありと、衝撃的な絵の多くは彼女に負っていると言っても過言でないでしょう。
ここまで針の振り切れた演技を見せる女優も日本では中々居ないのではないでしょうか。
でんでんと黒沢あすかが作り上げた夫婦は正に妖怪。
妖怪夫婦とはこの2人の事です。


彼ら2人に対して、映画の多くを忍の文字で演じる吹越満はいささか損な役回りですが、だからこそ終盤の展開が衝撃的。
この物語の主役はやはり社本なのです。
私は映画は村田を家長とした擬似家族と、社本の実際の家族とが、社本を中心にして描かれていると解釈しました。
それだけではなく、家長=父親とな何か、というのもテーマの1つだと思います。


映画は序盤を除いて衝撃的過ぎる展開てんこ盛り状態なのですが、それでもラストの高笑いは暫く後を引く強烈さ。
あったと思った筈の形態が既に崩壊していたという、冷酷な現実を残酷な形で突き付けます。
しかし不幸も余りに突き抜け過ぎるとカタルシスを呼ぶという、逆説的な結末が印象を強く残しました。


尚、文中にある通り、露骨なセックス描写あり、死体解体等残酷な場面もありで、完全に観客を選ぶ映画でもあります。
私が観た映画の中でも、最も惨たらしい映画の1つに入ると思います。
それでも映画の持つ前述したテーマは非常に興味深く、映画を観終えた後に色々と考えざるを得ません。
そのような意味でも強烈な映画体験だったと言っておきましょう。
もし強烈な描写に臆せず観てみたいと思う方には必見の映画です。


ところで映画の共同脚本家でもある高橋ヨシキ(『映画秘宝』でもお馴染みですね)デザインによるポスターは、サム・ペキンパーの秀作『わらの犬』のオマージュですね。
割れた眼鏡のレンズからして意図的なものと思われます。
これしかし、顔のアップが何度見ても吹越満ではなく山崎努に見えるんですよね… f(^_^;