days of cinema, music and food

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X-Men: First Class


X-MEN:ファースト・ジェネレーション』を観て来ました。
公開3日目の平日月曜朝10時からの回は20人程の入り。
作品の知名度と日時を考えればこんなものでしょう。


原題は『一期生』の意味ですが、映画そのものの内容は邦題の方が合っているように思えました。
これは珍しいですね。


映画は米ソ冷戦時代の1962年が舞台となっています。
強力なテレパシー能力の持ち主である若きチャールズ・エグザヴィア教授(ジェームズ・マカヴォイ)は、世界各地で特殊能力を持つミュータントが次々発生しつつあるのを知ります。
一方、エリック・レーンシャー(ミヒャエル・ファスベンダー)は磁場を操り金属を自在に動かすミュータント。
ナチス強制収容所で科学者セバスチャン・ショウ(ケヴィン・ベーコン)に母親を殺害された彼は、ナチハンターとして世界を股に駆けてショウを追撃しています。
やがてチャールズとエリックは出会い、世界征服を企むショウとその配下のミュータント達、ヘルファイア・クラブへの戦いを挑みます。


正直、ブライアン・シンガーのアメコミ・ヒーロー映画は余り楽しくないので、それ程評価していません。
『X-メン』、『X-MEN2』、『スーパーマン リターンズ』と、どれもがっちり作られているけれども、アメコミ・ヒーロー映画ならではのカタルシスに欠けていると思いました。
生真面目過ぎてケレンに欠け、またシンガーならではのヒリヒリするような緊張感溢れる描写にも失われています。
私は彼の個性を「冷たいスリルとサスペンス演出」だと思っていますが、その個性も失った楽しくないアメコミ・ヒーロー映画なんて…と思っていたのです。
ですから本シリーズ第3作『X-MEN ファイナル・ディシジョン』が、監督がブレット・ラトナーに交代して軽くなったものの、案外面白く思えたのでした。


本作では監督と脚本が傑作『キック・アス』のマシュー・ヴォーンジェーン・ゴールドマンに交代し、シンガーがプロデュースに回った本作は、結論から言うとシリーズで最も上出来で面白い映画に仕上がっています。
個性豊かな登場人物達に、彼らの殆どに見せ場が用意されているサーヴィス精神。
往年のショーン・コネリー時代のジェームズ・ボンド007シリーズを思わせる雰囲気。
中盤に感動的な場面が用意された上での苦い終幕。
公民権運動が盛り上がりつつあった時代を舞台に設定したのも、シリーズの特徴である差別問題に対して効果的だったと思います。
全体に知能指数が高くとも頭でっかちにならない、娯楽アクション・ヒーロー映画になっていました。
もっともアクション場面そのものは、案外少ない事に気付かされます。
これは『キック・アス』も同様でした。
個性の立った登場人物を配した物語を語る。
これがヴォーン&ゴールドマンの個性なのでしょう。
作り手の長所が発揮された点でも、本作は成功していました。


ボンド映画の、それも昔の作品を想起させるのは、時代設定だけではありません。
ミヒャエル・ファスベンダー演じるエリックの、前半におけるダンディな身のこなしや一匹狼的描写、戦闘能力の高さはボンドそのもの。
冷戦時代に国家間で暗躍する悪役ショウの大掛かりな作戦は、スペクターの数々の作戦を想い出させます。
作戦司令室のセットが『博士の異常な愛情』そっくりなのは、単なるオマージュではないでしょう。
マシュー・ヴォーンは1971年生まれですから、リアルタイムでボンド映画を観て育ったのではない筈です。
恐らく私と同様にテレビ放送でボンド映画を観て、憧れていたのではないでしょうか。
それでもこうやってボンド映画の遺伝子がアメコミヒーロー映画に受け継がれて行くのは、面白い現象です。


役者には皆、拍手したい。
タムナス君がちゃんとエグザヴィアに見えて来て、将来のパトリック・スチュワートに繋がるのが納得させられたジェームズ・マカヴォイ
妻は「顔はカッコ良くないのに、カッコ良く見えてくるから不思議だ」と言っていましたたが、それも演技力の成せる技だと思います。
苦悩と怒りを自らに封じ込め、解き放つミヒャエル・ファスベンダー
この人、『300』での隊長の息子役と『イングロリアス・バスターズ』のドイツ軍将校に成りすます英国軍将校役しか見ていませんでしたが、要注目の役者ですね。
役作りで話題になった、『Hunger』も日本で公開されないものでしょうか。
ローズ・バーンジャニュアリー・ジョーンズジェニファー・ローレンスといった、中堅から若手の美女たちもそれぞれ印象的でした。
アバウト・ア・ボーイ』の少年がこんなに成長して…の、『シングルマン』での美青年振りもびっくりしたニコラス・ホルト
個人的にはオリヴァー・プラット、マット・クレイヴン、レイド・セルベッジア、ローラ・パーマーの父こと(笑)レイ・ワイズ、すっかり太ったマイケル・アイアンサイド等々、脇役陣も楽しかった。
ジェームズ・レマーに気付かなかったのは不覚でしたね。
その他にも、シリーズ鑑賞済みの人には嬉しい顔触れも出て来ます。


しかしここで特筆すべきは、シリーズ中最強最悪な悪党を嬉々として演じるケヴィン・ベーコンでしょう。
狡猾で嫌らしく、粘液がまとわり付いている蛇のよう。
同時に洒落者な男前という、非常に魅力的な役柄でした。
この男のアイデンティティとか内面の葛藤とか犯行動機とか、難しいドラマは一切省かれ、映画はひたすら悪の道を突き進む言動を追います。
この清々しさは何でしょうか。
観客が悪党に魅力を感じるには、その正確付けや内面描写が必要という、どこか間違った論法がまかり通っている昨今のハリウッドにおいて、かなり異色の登場人物です。
でも思い出してみて下さい。
一昔、二昔前の映画に登場する悪党に、悪の道に至る内面史が必ず描かれていたでしょうか。
その壁を突き崩したのが『ダークナイト』のヒース・レジャー演ずるジョーカーだと思っていますが、本作も同様。
大体にして007映画の悪党に、内面が描かれていなかったでしょう?
ベーコンという魅力的な役者を配する事によって、映画は俄然力強さを備えています。


ヴォーンとゴールドマンの脚本と演出はドラマの見せ場をきちんと抑えています。
キック・アス』でもそうでしたが、一見すると変化球投手のようなのですが、その実正統派投手なのですよね。
定石を抑えているからこその盛り上がりを信じたものとなっています。
特に後半に描かれる、パラボラ・アンテナ施設を使った訓練場面。
ここでのエグザヴィアとレーンシャーの心の触れ合いは、場面自体が感動的なだけではなく、その後の展開でより際立つようになっていました。


ジョン・ダイクストラVFXは精度が低いと思いつつも、『スパイダーマン』シリーズだって緻密さより勢いのある映像だったし、良いのではないでしょうか。
潜水艦が空に浮かぶ壮観な映像が印象に残ります。


Sasaさんも触れていらした字幕ですが、画面右側の縦に出るものが二重で読みにくかったですね。
全編あれだったらどうしようかと思いました。
焼き付けの際のミスなんでしょうか。
Blu-ray Disc化の際にはクリアされる問題でしょうが、ちょっと気になりました。
画質は粗めのグレインが目立つし、彩度も抑えた渋い画調。
新作でもこの手の映像は珍しくないので、これはBD化の際に余り障壁とはならないと思います。


X-MEN:ファースト・ジェネレーション』はアメコミ・ファンのみならず、普通の映画好きの方にもお勧めしたい秀作です。