days of cinema, music and food

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Melancholia


ラース・フォン・トリアーの話題作『メランコリア』をレイトショウで鑑賞しました。
客は私を入れて10人。
この手のアートフィルムは、一昔前は単館シアターでの上映が常でしたが、今やこうやって郊外のシネコンでも上映してくれます。
有難いけれどもペイ出来ているのでしょうか?
ラース・フォン・トリアー作品は、TVで観た処女作『エレメント・オブ・クライム』以来の20年振り、しかも2作目です。
話題になった『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ドッグヴィル』『アンチクライスト』、どれも面白でしたが見逃していました。
こちらは海外でも話題を呼んでいたので期待していました。


第1部「ジャスティン」
有能な広告プランナーのジャスティン(キルステン・ダンスト)は鬱病らしく、マイケル(アレキサンダー・スカルスガルド)との結婚式を抜け出したり、入浴したり、他の男とセックスしたり。
姉クレア(C・ゲンズブール)は何とか尻拭いをしようとするものの、ジャスティンは全てを壊してしまいます。
第2部「クレア」
惑星メランコリアが急速に地球に接近していました。
クレアは幼い息子を思って恐怖に震えますが、富豪の夫ジョン(キーファー・サザーランド)は大丈夫だと、取り成します。
一方、あれから酷い鬱状態となってクレアの屋敷に連れてこられたジャスティンは、惑星の接近と共に徐々に生気を得て行きます。


実はこの映画、24日の金曜に観ていたのですが、翌々日に観た『ドラゴン・タトゥーの女』のインパクトが強かったので、書くのをすっかり失念していました。
では印象希薄な映画なのかというとさにあらず。
冒頭10分、スクリーン上で繰り広げられるのは、超スローモーションによる絵画のような映像の数々と、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』が織り成す世界破滅の恍惚。
ポスターにもなっているジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』(これは現物を観に行った事がありますが、凄かった)や、ブリューゲルの『雪中の狩人』等、絵画からの引用も美しい。
このシークェンスは素晴らしい映像と音響の体験となっており、映画最大の見所となっています。
しかしここでは巨大な惑星と地球の激突も描かれており、破滅が避けられないものと提示されています。


では、この後のドラマ部分はどうなのでしょうか。


トリアーは、全編に渡って手持ちぐらぐら接写主体の映像で、痛いドラマを描き出します。
自己破壊衝動に駆られるジャスティンと、ごく普通の女性であるクレア。
その対象が映画の肝でもあります。
果たして人は異常現象を目の前にして、どのような行動をとるのか。
キルステン・ダンストは従来のイメージとがらり変わっての静かな熱演。
まるでに似ていない姉役シャルロット・ゲンズブールとの対比も含めて、この2人はとても良かった。
惑星接近に伴って姉妹の関係が少しずつ変わっていくドラマも興味深い。
大勢が集う結婚式を描いた第1部に対して、第2部はクレアの住む大邸宅を舞台にして、限られた人数で姉妹の感情を見せていきます。
あんなに緩やかな破壊衝動に操られていたジャスティンは、全てを受け入れるかのように安らかな救いを見つけられ、解放的になります。
一方、普通の人であるクレアは恐怖に突き動かされてしまいます。
世界の終末という大スケールの設定でも、描かれるのは極個人の感情。
近年流行の破滅SFもトリアーが撮るとこうなるのか、という意味でも面白かったです。


しかしこれは劇場で観る映画。
TVの小画面ではとても持たないでしょう。
退屈ぎりぎりの際どい映画ですが、ラストは朗々と響く重低音と、ワーグーナーが鳴り響く中での甘美で残酷な破滅。
これで全てが許せてしまいます。
私としてはシルエットに浮かぶ対照的な人影が強烈な印象を残しました。
人間性を残酷に映し出していて。