days of cinema, music and food

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Tinker Tailor Soldier Spy


日中に潮干狩りをし、疲れた妻子が寝静まった深夜にシネコンまで出掛けます。
ジョン・ル・カレの名作スパイ小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化、『裏切りのサーカス』を観て来ました。
土曜のミッドナイトショウ、23時45分からの回は30人程と結構な入り。
出演者は殆どが中高年、派手な場面も無さそうだというのに。
前評判が高かったのと、上映劇場が少ないからかも知れません。
かくいう私も昨秋にネットで予告編を観て以来、また欧米での高評価もあって、かなり期待が高かったのです。
結果、その期待していた映画は激シブの傑作スパイ・スリラーで、かなり満足しました。


1973年、冷戦真っ只中の英国情報部、通称サーカス。
司令官であるコントロールジョン・ハート)は、ハンガリーでの作戦失敗により工作員プリドー(マーク・ストロング)を失い、その責任を問われサーカスを追われます。
コントロールの右腕だった初老のスパイ、ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)も道連れになりますが、やがて次官(サイモン・マクバーニー)に呼び戻され、とある任務を命じられます。
サーカスにKGBの2重スパイ”もぐら”が潜り込んでいるようなので、洗い出してもらいたい、と。
スマイリーは優秀な工作員ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)ら少数精鋭で調査に当たります。
やがてサーカスの4人の幹部が容疑者であると知ります。
その4人とは、コントロールの後任アレリン(トビー・ジョーンズ)、その副官ヘイドン(コリン・ファース)、熱血漢ブランド(キアラン・ハインズ)、日和見主義者エスタハズ(デヴィッド・デンシック)。
彼らはそれぞれコントロールによって、ティンカー(鋳かけ屋)、テイラー(仕立て屋)、ソルジャー(兵士)、プアマン(貧乏人)と密かにコードネームを当てられ、容疑を疑われていたのです。
一方、イスンタンブールで東側に寝返ったと思われていたギラムの部下ター(トム・ハーディ)が帰国し、スマイリーに助けを求めます。
彼は”もぐら”の正体を知っているというKGB工作員イリーナ(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)と恋仲になっていたのでした。


スウェーデン映画の佳作『ぼくのエリ 200歳の少女』のトーマス・アルフレッドソン監督による初の英語作品は、男たちの微妙な表情と台詞回しが見所で、予想通りに派手な場面は1つも無いのに、開巻早々からエンディングまでじわじわと緊張感が続く映画に仕上げました。
静謐で禁欲的な映画は、たまに挿入される残忍な描写も衝撃的で、それがまた緊張感を醸成している要素の1つとしています。
この手法は『ぼくのエリ』と共通していました。
映像は縦移動、横移動、ズーム、パンと動きながらも、そのどれもがゆったりしています。
ひたひたと忍び寄る緊迫感、じわじわとつのる迷宮感に相応しい。
テンポもキャメラワークも編集もゆったり。
それでいながら手に汗握るスリラーになっています。
閉ざされた寒々とした世界での物語という共通点こそあれど、『ぼくのエリ』より完成度はずっと上だと思いました。
ホイテ・ヴァン・ホイテマが撮影監督を務めた映像は、粒子が粗いモノトーンの色調。
男たちのきっちり着こなされたスリーピースのスーツも、灰色かくすんだ茶色系ばかりです。
そこに映えるのは男達のネクタイでした。
特に若手エージェント役ベネディクト・カンバーバッチの水色ネクタイ&ポケットチーフが目を引きます。
コリン・ファースの落ち着いた赤のもそう。
各人物を表現した繊細な色彩設計が目に飛び込みます。


ゲイリー・オールドマンは表情を抑えた豊かな演技で、『レオン』等での大袈裟な演技がトレードマーク(但し、私は全く買わない)の彼としては異色でしょう。
近年では『バットマン ビギンズ』や『ダークナイト』での静かで頼れる男ゴードン役がこれに近いものでしたが、スマイリー役は群を抜いて静かです。
ゆったり歩き、ゆったり泳ぎ、やや縮んだかのような姿勢に静かな声。
彼はひたすら相手の話に耳を傾け、考えます。
だから終盤で1箇所だけ大きな声を上げるところで、私は驚いてしまいました。
見事なコントラストです。
マーク・ストロングは回想場面も含めて出番が結構あり、複雑な役どころだったのも意外です。
キック・アス』『ロビン・フッド』等、悪役が続いていた彼にとっても素晴らしい役だったに違いありません。
オールドマンの次に印象的でした。
コリン・ファースは…ああいう役が多いのは気のせいではないですね。
傲慢さも微妙に出せていたと思います。


非情なシステム内でのスパイ戦を描きながら、緊迫した裏切り者探しの果てに浮かび上がる情念もまた、物悲しい。
これは何かを求めてやまない者たちの物語だったのです。
妻に家を出て行かれたらしいスマイリーは、同時に宿敵カーラをも求めているようです。
「今では顔も忘れてしまった」宿敵相手の思い出話をする彼を見てみましょう。
ターはKGBの女を追い求め、ギラムは愛する者との別れを苦しみながら選択します。
束の間、古きよき時代を思い出して郷愁にくれるサックス(キャシー・バーク)。
登場人物総登場のパーティの回想場面。
そして終幕での見詰め合う者同士が流す涙。
登場人物の何人かはゲイというのも英国調でしょうか。
彼らが求めたものはノスタルジーか、愛か。
いずれにせよ、報われない者が殆どなのです。


冒頭ではゆったりと出た題名が、エンドクレジットの最後にさっと退場するのもスタイリッシュで格好良かったです。
緊張と情念を湛えたアルベルト・イグレシアスの音楽も地味な裏方として素晴らしい。
これは間違いなく必見の傑作なのです。


面白いのは、先日観たスパイ・アクション・ラブコメディBlack & White/ブラック & ホワイト』との共通点です。
どちらもトム・ハーディがエージェント役で出演している事。
あちらのクリス・パインのスーツがサヴィル・ロウで仕立てた設定だったのに対し、こちらもコリン・ファースのスーツが同様な事。
作風はまるで違うのに興味深い一致です。
因みに本作のトム・ハーディは素晴らしい演技でしたよ。
バットマン ライジング』の悪役ベインへの期待も募ります。