days of cinema, music and food

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夢売るふたり


劇場で予告編を観て興味惹かれた『夢売るふたり』を週末にミッドナイトショウ鑑賞しました。
土曜23時40分からの回は15人程の入りです。


東京の何処か片隅で、小料理屋を営む貫也(阿部サダヲ)と里子(松たか子)の夫婦。
しかし開店5周年で賑わう店が火事で焼け落ちてしまいます。
新たな出発と前向きになる里子に対し、投げやりになってしまう貫也。
その貴也は常連客だった玲子(鈴木砂羽)は互いに飲んだくれ状態で再会し、一夜の関係を持ってしまいます。
貴也の境遇を知った玲子は、愛人だった上司からの手切れ金を渡しますが、それによって里子は夫の浮気を知って激怒します。
しかし里子は結婚詐欺を思いつきます。
孤独な女を見つけ出しては里子が計画を練り、貴也が女と関係を持って金を巻き上げる。
こうした稼ぎで、2人は新たな店の開店資金にしようとするのですが。


設定だとコメディのようですが、あちこちにユーモアはあるものの、人間の心の闇を描いたドラマです。
少々長いものの、これがとても良かった。


冒頭や随所に挿入される風景描写の、異様に緻密はHD撮影のロングショットの違和感が、何故か凄く印象に残ります。
意図したものかどうか分かりませんが、映画は余りにリアリスティックな映像に実は向いていないメディアなのかも知れません。


さて本作は出演している女優が皆、素晴らしい演技を見せてくれる映画です。
鈴木砂羽を筆頭に、自らの未婚を疎ましく思う田中麗奈、風俗嬢の安藤玉恵、重量挙げ選手の江原由夏ら、皆印象的でした。
しかしやはり松たか子が素晴らしい。
何考えているのか表情や台詞だけでは分かりにくい場面も多いのに、ちゃんと血肉通った人間として演じていて。
一本調子に陥らず、微妙なさじ加減で里子という女の陰影を演じていました。


西川美和の監督&脚本作品を観るのは私は初めて。
人間に対する洞察力と、緊張感があるももの繊細さを失わないタッチに感銘を受けました。
過去の映画(前作『ディア・ドクター』も含め、どれも高評価だった)を見逃していたのが悔やまれます。
主人公2人は感情移入が難しいのに魅力があったのは、これは脚本と演出、演技によるものです。
阿部サダヲ演ずる貴也は、その弱さ卑怯さが観ていて痛く、一方で彼が劇中で少しずつ成長していく姿も興味惹かれました。
主導権が里子一辺倒でなくなっていくのも、映画に緊張感をもたらしています。


映画で特に印象的だったのは、夫婦が働く詐欺の被害者達が単なる過去という記号になるのではなく、ちゃんとその後の人生もある個人として描かれていた事です。
それが緩やかな群像劇という側面も映画に与えています。
しかし生々しさは松が一手に引き受け、他の女優陣達の役とは一線を画していました。
そこは主役の差別化でしょう。


予想以上にスケール感のある映画でもあり、魅力的で多彩な登場人物達と興味深い題材でもって、最後まで目が離せない映画でした。
こういう映画、好きです。