days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

ふがいない僕は空を見た


公開初日の『ふがいない僕は空を見た』を土曜深夜のミッドナイトショウ鑑賞しました。
客は私を入れて8人と少々寂しい入り。
話題になっていないのでしょうか。
良い映画だったのになぁ。


助産院を営む母(原田美枝子)との母子家庭で育った高校生の卓巳(永山絢斗)は、友人に誘われて行った同人誌販売会で、「あんず」と名乗る主婦・里美(田畑智子)と知り合います。
間もなくアニメのコスプレをしてセックスに耽溺するようになる2人ですが、不妊症のあんずにとってのコスプレは、子供を産めと圧力をかけてくる姑(銀粉蝶)や、自分の事を好きではいてくれるものの、頼りにならず身勝手で幼いマザコン夫がいる家庭から、逃れられる場でもあったのでした。
卓巳の同級生・良太(窪田正孝)は、身勝手な母に見捨てられ、スラム化した古い団地で痴呆症の祖母と暮らしながら、コンビニや新聞配達のバイトで必死に小金を稼ぐ毎日を過ごしていました。
やがてある騒動が起きてしまい、卓巳は引きこもりになってしまいます。


私は映画を観るときに、男性監督だからとか女性監督だからとかは、余り意識しないで観ます。
「女性らしい繊細なタッチ」とかよく使われる言い回しですが、さっぱり意味が分からないからです。
男性でも繊細なタッチの監督なんてごろごろいますよ。
例えばアン・リーなどがその代表格でしょう。
いつか晴れた日に』等如何でしょうか。
また女性監督でも荒っぽい人はいます。
その代表格はキャスリン・ビグローで間違いありません。
ハートブルー』や『ハート・ロッカー』に「女性ならではの」という表現を見つけるのは難しい。
でもこの映画は、セックスを題材に扱っているものの、それが妊娠や出産といった方向に話が広がっていき、なるほど、これは女性らしい視点かも、とは思いました。
因みに原作者の窪美澄と監督のタナダユキは女性。
脚色の向井康介は男性です。


コスプレ不倫から始まり、視点を変えての時空操作、さらには周辺人物へと広がる構成は、全くの予想外だったので驚きました。
また、若い俳優達が長回し撮影に耐えられる演技を見せてくれる中で、助産院を経営している卓巳の母役・原田美枝子のどっしりとした存在感が要となっています。
のっぴきならない状況に追い込まれる各人物、最初から実はのっぴきならない状況だった人物と、徐々に色々な顔を見せていくドラマも、次はどうなるかと気になっていまい、とても面白い。
美しい場面も幾つかあり、HD撮影を生かした透明感のある映像も良かったです。
140分と長尺の映画ですが、ゆったりしたテンポも心地よく、これは必要な時間だったのでしょう。
緩やかな時間の中で描かれる各人物には感情移入出来るし、出来なくても理解は出来るのではないでしょうか。
無論、そこには役者たちの好演と、彼らの繊細な面を切り取った演出を褒めるべきです。
そして私は、映画館の暗闇の中で固唾を飲みながら、「誰か、彼らを助けて」と心の中でつぶやかずにいられませんでした。


個人的に1番感銘を受けたのは、友情と、悪意を突き抜けた感情の同居を自然体で描いていた事です。
その発露となる朝早い校庭の場面は、美しさに満ちていました。
こういう驚きと新鮮さが観られただけでも、この映画を観る価値があります。


ここで描かれているのは、辛い事、苦しい事があっても、それが人生であるという事。
だから生々しい性と生々しい生がここにはあります。
でも同時に、希望はどこかにある、ともささやいてくれる映画でもあります。


非常に映画らしい映画となっていて、映画を観たという満足感を得られました。
R18+の映画なので興業的には難しい面もありましょうが、素晴らしい出来なので、多くの客に観てもらいたいものです。