days of cinema, music and food

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"...All the Marbles"@シアターN渋谷 最終日


週末は女子プロレスを扱ったロバート・アルドリッチの遺作『カリフォルニア・ドールズ』(1981年の初公開時は『カリフォルニア・ドールス』)を鑑賞しました。
日曜11時からの回、75席のシアターN渋谷のシアター1は9割の入り。
ホテル・ルワンダ』、『ホステル』、『ヒルズ・ハブ・アイズ』…といった、拡大公開が望めないからという理由で日本劇場未公開になりそうな映画を、数々拾って来た貴重な映画館です。
この日は、そんな特異な番組編成を誇っていた劇場の最終日でもありました。
私がここに来るのは、昨夏の『スーパー!』以来です。


閉館理由はデジタル化に対応できないから、と発表されています。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、来年から日本の映画興行界はアナログのフィルムからデジタルへの移行がほぼ完了します。
特にメジャー会社は、今後フィルムの供給は行わずデジタルのみの配給にする、と発表しています。
これは小さい劇場にとって死活問題です。
価格1千万円とも言われる高額なデジタル・プロジェクターを設置するという、多大な負荷をかける事を意味するのですから
シアターN渋谷は人気のある劇場でしたが、それが出来ないとの理由で、惜しまれつつ閉館する事になったのです。
その最終日では、映画の終盤で笑いと拍手が自然に沸き上がり、幸福な映画体験が出来ました。
彼女達のリングは地続きで観客席の眼前に存在していたのです。



ドサ周りで各地を回るカリフォルニア・ドールスことアイリス(ヴィッキー・フレデリック)とモリーローレン・ランドン)の女子プロレスラー・コンビと、美女2人を一流にするべく世話を焼き、ケンカ相手になるマネージャのハリー(ピーター・フォーク)の3人組。
徐々に人気も実力も付いてきたコンビでしたが、やがてリノで開催される決勝戦に出場する事になります。
対戦相手は1勝1敗のトレド・タイガース。
しかし試合は、ドールスが不利になるように仕組まれていたのでした。


名匠アルドリッチの遺作にして愛すべき佳作として知られる本作品。
男尊女卑の代表みたいに言われていた監督が、最後にこんな作品を残したのも面白いものです。
単なるスポ根映画に見えても、その実は、侘しさ、寂しさ、痛さ、ひもじさ、悲しさ、そしてお得意の怒りが描かれているのもらしいし、心に残ります。
前向きなスポーツ映画としての側面と、人間の負の側面が同居しているのです。
そもそもハリー自身、まるで好ましくない男です。
ケチで短気、独善的で横暴でもあるのですから。
観ていてイライラ、でもどこか愛嬌があって許せてしまいます。
演ずる故ピーター・フォークを大画面で観るのは、『プリンセス・ブライド・ストーリー』以来でしょうか。
刑事コロンボとは全く違う「食えない」演技で、さすが名優です。
軽妙かつ生々しいのは、監督の体質なのでしょう。
ドールスの1人、ヴィッキー・フレデリックは、リチャード・アッテンボローの映画『コーラス・ライン』にも出ていたのですか。
全く記憶にありませんでした。
何でもボブ・フォッシーお気に入りのダンサーだったとか。
本作が彼女の映画での代表作のようです。
シリアスでしっかり者のアイリス役の彼女は、ルックスだけでなく印象に残る好演でした。
対照的に若く、どこか脆さを感じさせるモリーローレン・ランドンも良かったです。
もう少し彼女のドラマが描けていれば…とは無いものねだりでしょうか。
実際、初期段階の脚本では、幼いときに実父にレイプされた薬漬けのレズビアン、という設定だったそうですが、映画ではそこら辺は殆どカットされています。
薬物中毒らしいほのめかしはあるものの、モリーは自ら薬を断って決戦に臨むのです。


感心する…というか凄いのは、この美女2人が吹き替えなしでプロレスに挑戦している事。
顔もばっちり映っているので迫力があります。
無論、危険な技の場面はスタントウーマンを使っているところもあるのでしょうが、殆ど本人たちがやっていると思しき映像ばかりで見ものとなっています。
私は格闘技に殆ど興味が無い人間なのですが、これは一見の価値があると思いました。


憎たらしい小悪党プロモーター役バート・ヤングと、憎たらしくも情けない悪徳レフェリー役リチャード・ジャッケルも良かった。
だから終盤でドールスがやり返すところは盛り上がる、盛り上がる。
劇場でも拍手が幾度と出ました。
時間切れを使ってのスリルは、アルドリッチの代表作の1つにして傑作アメフト・コメディ『ロンゲスト・ヤード』のクライマクスを想起させます。
また、試合後のアイリスと敵役トレド・タイガースとの握手場面は、『ロンゲスト・ヤード』のラストにおけるエド・ローターバート・レイノルズの関係に通じる匂いがありました。
ここら辺はアルドリッチの個性なのでしょう。


私が以前、この映画を観たのは故・淀川長治解説の『日曜洋画劇場』で、どうやら1985年前後だったようです。
とても面白く観て、クライマクスが大いに盛り上がった記憶がありました。
でもこんなロードムービーだったのですね。
町から町へのドサ周り、しかも移動中の会話は、ポンコツ車が道路を行く様をロングショットで映してそこに台詞を被せていたりで、撮り方も面白かったです。
1980年代初頭のアメリカの雰囲気があってとても良い。


女優達が胸を出すのも時代を感じました。
今のハリウッド映画ではこうはいかないでしょう。
ヴィッキー・フレデリックがとある忌まわしい経験の後にシャワーを浴びる場面は、裸だから痛々しさが出ていたと思います。
アメリカン・ドリームものでも、そこに至るまでは過酷だ、という映画でもあるのです。
最後は栄冠を勝ち取っても、それは長続きはしないだろう、と厳しい現実を見せつつも、夢や希望も感じさせる映画。
普遍的テーマを真面目に生々しい現実を滑り込ませて語りつつ、娯楽として撮り上げた映画。
だから、未だに古びないのでしょう。
使用楽曲の権利関係でヴィデオグラムが出ない映画らしいので、機会があったら是非お見逃しなきよう!


そしてシアターN渋谷よ、7年間ありがとうございました。
その精神が他の劇場に受け継がれますように。