days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Zero Dark Thirty


キャスリン・ビグロー期待の新作『ゼロ・ダーク・サーティ』をミッドナイトショウ鑑賞しました。
近所のM田さんと御一緒させて頂きました。
23時35分からの回は30人程の入りです。
日本での興業的不振を言われていましたが、この時間帯にしては入っていたと言えるでしょう。
作品自体は高評価なので、口コミなのか、あるいはこの時間帯にわざわざ映画観るくらいの人だから映画ファンが多かったのか。
何にせよ、これは当たってもらいたい映画なのでした。


2001年9月11日。
世界貿易センタービルを襲った大規模攻撃テロにより、3千人の人命が失われました。
CIAは膨大な費用と人員をつぎ込み、首謀者とされるアルカイダの首領オサマ・ビン・ラディンを追いますが、全く足取りが掴めません。
そんな状況の2003年、パキスタンイスラマバードにあるCIA極秘施設に、まだ20歳そこそこのCIA分析官マヤ(ジェシカ・チャステイン)が着任します。
やがて彼女はあらゆる手段を使ってビン・ラディンの居場所を突き止める狩りに執念を燃やすようになります。
そして2011年、マヤはその居場所を突き止めるのですが。


タイトルは「深夜0時30分」の意味、つまりアメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズが、ビン・ラディンの隠れ家を急襲した時刻を差します。



北米でのキャッチコピーが「The Greatest Manhunt in the History」というものでしたので、『ハート・ロッカー』の監督&脚本家の硬派コンビにしては、ちょっとアメリカ万歳になっていやしないか、という危惧がありました。
しかしそれは全くの杞憂でした。
これは今年観た映画の中で間違いなくインパクト最大級の映画です。
2時間40分近い超大作ですが、緊張感が最後の最後まで持続し、しかも後半たるやさらに緊張がいや増します。
冒頭の数分は、何も映し出されない漆黒のスクリーンに、テロの犠牲者たち最後の通信が幾重にも流れます。
ここで観客に悲惨なテロを痛感させ、映画への感情移入を促すように見えます。
つまり、こんな惨い事をしたビン・ラディンを殺害するのは正当だ、と。
しかし『ハート・ロッカー』コンビは一筋縄では行きませんでした。


映画はダレる事なく進みます。
証拠を丹念に追い掛ける捜索過程の偏執狂的ディテールの積み重ねが、主人公マヤに重なっていきました。
妄執とか偏執とか狂気とか、そんな言葉が映画を観ながら脳裏に浮かびます。
映画冒頭では拷問から顔をそむけていた彼女も、自ら直接手は下さなくとも、拷問、尋問、盗聴、監視、買収と、あらゆる手段を使ってテロリストを追い詰めようとします。
テロの首謀者を捜索し、特殊部隊送り込んで殺害を実行、という娯楽映画になりそうな題材を、求心力衰えないパワフルな脚本と演出と演技で引っ張りつつ、興奮や高揚感と無縁な映画に仕立ててありました。
特に緊張感最高潮となる特殊部隊による「排除」を、リアルタイムで描いたクライマクス30分には心底ぞっとしました。
並のホラーより怖いくらいです。


説明的でない映画のテーマは、観客が各自で考えるスタイルになっています。
人間の執念や狂気を描いているのか。
超大国が膨大な時間と費用と人員を割いて、たった1人の男を殺害する話を、どのように観るのか。
ステマティックで非情な組織において、個人の役割や位置、影響を描いているのか。
これは間違いなく監督キャスリン・ビグローの最高傑作です。
マヤの私生活は殆ど描写せず、彼女の捜索や推理に殆どの上映時間を費やしていました。
ドラマや情感を徹底的に削ぎ落とした、文字通りのハードボイルド。
映画はマヤに寄り添いつつも、果たして彼女に感情移入していたのでしょうか。
CIA局内での男尊女卑や、あるいはテロで狙われながらも、自らの任務に突き進むマヤ。
キャスリン・ビグロー自身も今後ここまで到達するのは難しいんじゃないか、と思わせる完成度でした。



ジェシカ・チャステインの初登場場面は、学生にしか見えないのにもびっくりです。
実年齢は今年35歳だし、劇中でも表面上は後半に至っても老けず、演技で年齢や性格の変化を演じ切っていました。
演技力の見本市という観点で言えば、ある意味彼女のアイドル映画でしょう。
その意味で『マルホランド・ドライブ』のナオミ・ワッツを思い出しました。
しかし振幅激しいという事は余り無く、抑制された演技でもあります。
だから後半の言動も強烈なのです。
いや、本当に素晴らしい演技でした。
彼女以外でも、要所での良い役者の配置も目立つ映画でもあります。
先輩CIA工作員ジェイソン・クラークって初めて感心しましたが、『アルゴ』に続いてのCIA上司役カイル・チャンドラー、同僚ジェニファー・イーリーエドガー・ラミレスジョエル・エドガートンマーク・ストロング、千両役者のジェームズ・ガンドルフィーニ
ガンドルフィーニは、個人的には先日の大規模な会議でのエラい人を想起しmした。
口悪く、叱咤激励、でも妙に愛嬌がある太目のトップ(に近い人)。
映画を観ていてニヤニヤしてしまいましたよ。


アレクサンドラ・デスプラの音楽も非常に抑制が効きつつ効果的でした。
演奏はロンドン交響楽団です。
『アルゴ』に引き続いての中近東CIAもの。
最近、デスプラは中東づいているんでしょうか。
また映画の音響の凄まじさも挙げましょう。
クリアでダイナミックレンジの広い音響設備を持つ劇場での鑑賞をお勧めします。


間違いなく傑作。
超の付くお勧めです。


尚、キャスリン・ビグローの次回作は、やはりマーク・ボール脚本の映画のようです。
ハードボイルドな監督と、主観と客観性を持ち合わせたジャーナリスティックな脚本家の相性は良いようです。
どんな映画になるのか、次回作にも期待しましょう。