days of cinema, music and food

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The Grand Budapest Hotel


ウェス・アンダーソンの新作『グランド・ブダペスト・ホテル』を観て来ました。
公開4週目の21時45分からの金曜レイトショウは15人ほどの入り。
この手のアートフィルム系では珍しく客が入っているようです。


1932年、今は無き欧州の国家ズブロウスカ。美しい山々を背景に立つ由緒ある高級ホテル、グランド・ブダペストは、上流社会の客人たちで引きも切らなかった。ホテルを仕切るのは辣腕コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)。彼はマダム達の夜の相手も辞さない、文字通りの徹底したサーヴィスを心掛けて、楽しんでいたのだ。ところがグスタヴの長年のお得意様である老伯爵夫人(ティルダ・スウィントン)が何者かに殺害されてしまった。しかも遺言で貴重な絵画が贈られたと判明し、グスタヴは容疑者となって追われる羽目になってしまう。愛弟子であるベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と共に逃避行を続けながら、グスタヴは仲間たちの手を借りて真相を追求しようとするが。


オフビートな笑いと独特の画面構成と色彩で、近年、益々人気が高まりつつあるウェス・アンダーソンですが、前評判の高かった前作『ムーンライズ・キングダム』は私は余り乗れませんでした。意図している事が見え見え過ぎて白けてしまったのです。しかし本作は心から楽しめました。スケールは大きそうな物語なのに、映画全体は相変わらずチマチマせせこましく、ミニチュアへの偏愛も含めてその作り込まれた箱庭世界が楽しい。そもそも映画の構造自体が入れ子入れ子マトリョーシカ状態です。現代ではとある少女が作家の墓参りをします。その作家の晩年(トム・ウィルキンソン)が物語のインスピレーションについて語ります。時代はインスピレーションを得た1960年代に飛び、若き作家(ジュード・ロウ)はかつて栄華を誇ったグランド・ブダペスト・ホテルに滞在中。そこで富豪であるオーナーのゼロ(F・マーレイ・エイブラハム)と出会い、彼のベルボーイ見習い時代に居たコンシェルジュであるグスタヴとの冒険譚について聴く…という構造になっています。


シンメトリーの画面に氾濫する明るくカラフルな色彩に、デフォルメされたキャラクター達が賑やかに動き回り、映画は非常に活き活きとしています。わき役に至るまで文字通りのオールスターキャスト映画で、各人が単なる顔見世ではなく、個性に合った役なのも楽しい。時折ドキリとさせられる悪意のある映像が挿入され、健全でなく適度に毒気があるのが良い。映画はにぎやかしミステリ調冒険映画になっており、終盤には明らかに特撮なのにスリリングで手に汗握る大アクションまで用意されています。娯楽映画のフォーマットの中で自己の個性を最大限に発揮しているアンダーソンの才気が、この映画で1番のお楽しみと言えましょう。よって過去の映画に比べて、かなり見やすいものとなっています。


役者では何と言ってもレイフ・ファインズが素晴らしい。仕事は有能、しかし目的のためならば手段をいとわない面もあり、客人である老女達との逢瀬である枕営業も楽しんでいるらしい男。身だしなみは常に完璧で、何かあると詩を詠み、自分の優雅さに酔いしれている男。そんなどこかいかがわしい、ナルシスティックで優雅な、でもどこか憎めない男を、ファインズは複雑な人間味と純粋さで表現しました。『ハリー・ポッター』シリーズの「あの方」などと言った役柄より、やはりファインズは2枚目の役が似合います。失われた栄華への想いを馳せるのがこの映画のテーマだとして、それを体現しています。素晴らしい。語り部役である壮年のゼロを演じたF・マーレイ・エイブラハムも、滋味溢れる演技で。こちらも素晴らしかったです。


アレクサンドル・デプラのコミカルで躍動感のある音楽も、作品世界の作りに貢献していました。
お勧めの映画です。