days of cinema, music and food

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The Night Watch


サラ・ウォーターズの『夜愁』を読み終えました。
前作『荊の城』は傑作でしたし、その前の『半身』も奇妙な味で面白かった。
どちらもヴィクトリア朝を舞台にしたミステリの趣きの強い小説でした(当時の感想はこちらこちら)。


本作は1940年代のロンドンが舞台。
男と女、女と女、男と男の再会などの中に、愛憎、恋愛、焦燥、強迫観念などが絡む物語となっています。
息苦しくなるように濃密で緻密なタッチはこの作家らしい。
正統派文芸ドラマとしても読めるし、ミステリアスな味付けやレズビアン小説なのも同様。
そう、これはサラ・ウォーターズの個性が相変わらず強く出た作品なのです。


全体に3つの章に分けられており、戦後の1947年、1944年と時代がさかのぼり、1941年で物語が終わります。
つまり彼らがどうなるのか、読者は分かっている。
そこに至るまでがどうだったのかが描かれているのです。
映画ではクリストファー・ノーランの『メメント』や、ギャスパー・ノエの『アレックス』など(まぁ後者は前者に着想を得たようですが)等でこの手法は使われましたが、小説で読んだのは私は初めて。
これがスリリングで、それぞれの章の中では「次はどうなるのだろう」という興味を抱かせながら、同時に「これの前はどうなったいたのだろう」と、次の章が気になるという仕掛けになっているのです。
リーダビリティは満点です。


序盤、男女のカップルの不倫小旅行の中に、ちょっと印象的な性的描写があります。
何でそんなことを…という意味でちょっと引っ掛かる程度なのですが、これが読んだ誰もが恐ろしいと思うであろう、後半にある並みのホラー小説も真っ青な手術場面に繋がろうとは。
構成の巧みさはさすが。
また、戦後・戦中の市民の生活描写も非常に興味深い。
読者を納得させるものがありました。


人物像の描き分け・描き込みも素晴らしい。
各人の心理も、ページが息づくかのような現実味があります。
中でも凛とした騎士道精神の塊のような男装の麗人ケイは、作者者自身がこうありたいという願望なのではないでしょうか。


上質の物語に凝った技巧が凝らされ、本書は読むものを離しません。
下巻を最後まで読んだら、もう一度上巻最初から読んでみたい誘惑にも駆られました。


『夜愁』もまた、サラ・ウォーターズの素晴らしい傑作と言えます。

夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

夜愁〈下〉 (創元推理文庫)

夜愁〈下〉 (創元推理文庫)