days of cinema, music and food

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イノセント (The Innocent)


イアン・マキューアンの『イノセント』を読み終えました。


一言で印象を言うと、濃密。
ハードカバー2段組250ページ弱と左程長い訳ではありませんが、読んでいる最中は息苦しくなるほどの集中力を強いられる作品でした。


理由は、遊びや贅肉が全く無いから。
淀み無い緊張感が最初から結末近くまで続きます。


物語は、第二次大戦後間もなくの冷戦時代のベルリンを舞台に展開されます。
世間知らずのイギリス人青年技師レナードが、米英の対ソ共同諜報作戦に携わる内に謎めいたドイツ人女性マリアとの激しい恋に落ちます。


この小説に興味を持ったのは、かれこれ十数年前のこと。
ラース・フォン・トリアーの『ヨーロッパ』がやはり大戦後のベルリンを舞台にした映画で、ある青年がドイツ人女性と恋に落ちるという設定のスリラーでした。未だに観ていない映画は、予告篇では独創的な映像が繰り広げられる面白そうな映画に見えたのです。
その映画への興味が、邦訳が出たこの小説への興味へと繋がりました。


映画に似た設定と思われ、ようやく読めた『イノセント』は、スリラーはスリラーでも文芸心理スリラーとでも呼ぶべき作品でした。
最初から最後までぎっしり紙面を埋め尽くしているのは、主にレナードの内面描写。
その細かくも饒舌な描写を支えているのは簡潔な文体です。
うぶな青年が初体験、恋愛と経験していく内に純粋さを失っていく様を緻密に描き切った小説は、恐ろしくさえあります。


ここでの恐ろさは、痛さと同義。
若さゆえの傲慢、誤り、臆病、無理解。
描かれるレナードの心理は、自分が通り抜けた若者の心理と重なり合うことが多い。
この小説を読むことは、己の過去と向き合う瞬間でもあります。
だからレナードに対する苛立ちは過去の自分への苛立ちと重なり、読み手の心にささくれが立つのです。


Innnocentとは、後書きによれば「(刑法的に)罪の無い人間」「(宗教的に)穢れの無い人間」「世間知らず」「処女・童貞」という意味だとか。
奥の深いタイトルです。


イノセント (Hayakawa Novels)

イノセント (Hayakawa Novels)

イノセント (ハヤカワ文庫NV)

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