days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Stone City


とうとう、今週は風邪で伏せってしまいました。
こういうときの娯楽は、私の場合はほぼ読書に限られます。
映画鑑賞やゲームは、映像・音響など、自分で制御出来ない情報の量が多いので負担が大きい。
音楽も映像が無い点で前者2つに比べるとまだましなものの、やはり自分で制御出来ない情報が入ってくる点で、いささか疲れます。
会社を休んだので、幸いにもMLB観戦はTVで出来ましたが、これは負担が少ない。
何故なら、元来野球はのんびりしたもの。
3時間のゲームでさえ、実測すると実際に動いているのは30分程度だというのですから、こちらの負担は少ないのです。
まぁ、こういうときに観ると、大概うたた寝してしまいますが。
となると、自分のペースで進められ、場合によっては自分のペースで脳内に映像や音を描ける読書が、体力が無いときの娯楽として相応しいのです。


しかしこの本を選択したのは、読み掛けだったとは言え、まずかったかも。
ミッチェル・スミスの『ストーン・シティ』は、巨大刑務所を舞台にした殺人ミステリ。
中年の元大学教授である主人公が、やむにやまれず、所内で起きた連続殺人事件の真相に迫るというものです。
このミスで1位になったこともある本ですが、いやはや重厚そのもの。
重厚さを印象付けるのは、余りにも長い助走にありましょう。
本書の場合は物語が進むのが上巻の後半になってから。
その時点まで偏執狂的細かさで描かれるのは、刑務所内での恐怖の実態です。


男が男を愛人とし、レイプ、暴行など当たり前。
白人、黒人、暴走族、その他色々なグループが形成され、どこのグループにも圧制者たる首領がいる。
連中に睨まれたら最後です。
命を奪われかねないのですから。
いや、命を即奪われるのだったら、まだましかも。
心に恐怖を受け付けられたら、後は連中の言うなりになってしまうのでしょうから。
自分がそこの囚人だったら、トラブルに巻き込まれないように平穏無事に刑期が終わるかどうか、自信がありません。
いくら用心していても、火の粉は向こうから飛んでくるのですから。


こんな日常から緊張感のある舞台に、連続殺人事件を追う羽目になった主人公チャールズ・バウマンが、これまたいけすかないヤツなのです。
自分の知性を信じ、酒酔い運転で幼い少女を轢き殺したのは運が悪かったと反省の色も無し。
自己中心的で思い上がり、しかし小心者でもある、おおよそ感情移入しにくい人物像。
この造形が舞台同様にリアルで事細かく描き込まれていて、ミッチェル・スミスの筆力は圧倒的です。
感情移入しづらい主人公なのに、物語の終盤にはいつの間にか感情移入してしまうのも、中々巧みではありませんか。
何が巧みかと言うと、これが最後にどすんと効いて来るのです。


彼と行動を共にするのが、自分を娘のように可愛がってくれてた刑務所内での顔役でもあった老人を殺害された美少年リー・カズンズ。
刑務所内では「娘」の彼と、中年教授のコンビが中々ユニークです。
この小説の中では、人間性も、暴力も、セックスも、汚いものとして描かれている場合が多い。
どす黒い世界は、現代の縮図。
この中で、割り切ることは割り切りつつも、ときに聡明で爽やかな印象を残すリー・カズンズは、読者にとっての数少ない希望でもあります。


物語は後半になるに連れてテンポも緊張も上がり、意外な真犯人も登場。
なるほど、一時期ダスティン・ホフマン主演の映画化の噂があっただけのことはあります。
映像的なまでに描きこまれたタッチは、スティーヴン・キングをも思い出させます。
実際の映像化は難しそうですが、挑戦してみようという気概のある人も居たのですね。
今は企画も無くなったようですが(IMDbで検索してもヒット無し)。
などと思いながら読み終えようかという最後の最後、刑務所内に相応しい行動様式や思考を持つようになった主人公と、いつの間にか彼に肩入れするようになった読者を、救いようの無い闇に叩き込みます。
これが刑務所の掟なのだとばかりに。
読後感の重さといったら、最近でもなかなか滅多に無かったものでした。


スミスが一番描きたかったのは、ミステリやサスペンスよりも、この「石で囲まれた都」そのものだったのでしょう。
だからこその長い助走。
だからこそのラスト。
決して読み易い小説ではありませんが、強烈な印象を残す小説なのは間違いありません。


読書慣れしていて、かつ骨のある本に興味のある方は、手に取ってみては如何でしょうか。


ストーン・シティ〈上〉 (新潮文庫)

ストーン・シティ〈上〉 (新潮文庫)

ストーン・シティ〈下〉 (新潮文庫)

ストーン・シティ〈下〉 (新潮文庫)