days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

40 days dans le désert B


先日の六本木出張の際、当然のように青山ブックセンターに立ち寄りました。
ここはアート系の本が多いですからね。
以前にもご紹介した通り、手に取ってぱらぱらめくるだけでも楽しい本が多く、一度立ち寄ると強固な意思(もしくは都合)でも無い限り、何時間でも居座ってしまう私にとっては禁断の場所でもあります。
そのときに買わなくて良かったのが本書『B砂漠の40日間』でした。
熱帯雨林さんに発注済みで、6月初旬到着予定との通知があったのですが、帰宅すると「発送しました」メールが届いていたのですから。


メビウスはSF専門誌『スターログ』で知ったフランスのイラストレーター、コミック・アーティストです。
本名のジャン・ジローでも有名ですが、残念ながら日本では殆ど邦訳が出ていません。
SF/ファンタジー系の仕事の場合はメビウスを、それ以外はジャン・ジローを名乗っているようです。
コミックコーナーのある洋書屋に行くと、本が置いてある場合も多いと思います。
宮崎駿大友克洋への影響でも有名ですが、メビウス自身、娘にナウシカと名付けたり、自分が影響を与えた大友克洋を真似しようとして出来なかったりと言っているのも面白い。
映画にも参加していて、『エイリアン』の宇宙服、『トロン』の衣装デザインなどが有名ですが、私自身はルネ・ラルーのSFアニメーション映画『時の支配者』が印象に残っています。
これも小松沢陽一が『スターログ』で紹介していたので知っていたのですが、二十数年前の土曜昼間にテレビ放映されたときは、勿論VHSに録画したものです。
メビウスはアニメーション監督、脚本家、デザイナーとして参加したのですから、実質彼のアニメ映画とみて良いでしょう。
ステファン・ウルの原作は未読なのですが、映画の内容は非常に面白かった。
不穏な展開から終幕の驚くべき真相と、かなり印象に残っています。
それにメビウスの画が動くのが感動的でした。


さて本書の原書は1999年に出版されたもの。
当時の60歳を越えて尚、創作意欲が旺盛なメビウス自身を象徴するかのような本でした。


版サイズは26.6 cm×16.6 cmという変形のハードカバー。
表紙真中は小さい画がホログラフィとなって配置され、その浮き出る画は本書の内容を象徴するかのようです。
オレンジ色の表紙と共に一体感もあり、素晴らしいデザインともなっています。
表紙をめくった表2・表2対向は、キラキラした特殊な紙になっていて、好奇心を煽ります。
本書はデザインも素晴らしいです。


見開き右半分の1ページが1コマで構成されており、台詞や文の類いは一切ありません。
題名画1枚と本編70枚の画があり、全ての画の右下には通し番号が振られています。
始まりましたら、さぁ縦横無尽なイマジネーションの奔流に身を任せましょう。
砂漠で瞑想にふけっている1人の男を主人公にしていると思しき内容なのですが、明確なプロットは無く、時間も場所もあちこちに飛びます。
場所も人も物体も微妙に関連があるように描かれており、それは瞑想している人物も同様。
登場する際に同一人物でありつつも、違うようにも描かれているのです。
各短編が無関係のようでいて、でも関連があるように思える場合もあるという、ミヒャエル・エンデの『鏡の中の鏡−迷宮』を思い出しました。
あれの文字無し版&ポートフォリオといったところでしょうか。




当記事にアップしてから気付いたのですが、1枚目の天使が乗っている木だか生物だかが、2枚目の左下に転がっていますね。
見返すほどに発見がありそうです。


画はメビウスらしく、簡潔かつゴージャス、そしてユーモラスなもの。
無駄な線はなく、しかしそれぞれが必然ともなっています。
優雅で丸みのある画は、メビウスならではの浮遊感に満ち溢れており、画を眺めると文字通りその空間に自らが埋没しそうな感覚に襲われることもありました。


本書収録の全ての画は、ラフや下書き無しの一発ペン描き、修正も一切無いそうです。
技術的に高度というのもありますが、それ以前にどんな画が出来るのか分からないまま、ペンの赴くままに描かれていったからでしょう、画の数々は自由奔放さに溢れています。
こういった画を眺めることは、作者メビウスの行ったパフォーマンスへの疑似体験に近しいのかも知れません。
そこに身を浸すのは愉悦の時を過ごすことでもあります。


本書の体験は「読む」「観る」というのではなく、「浸る」「眺める」という言葉が相応しいと思います。
時に前のページに戻ってみて、関連を探すのも楽しい。


ただ問題は価格が5,000円と高額なこと。
内容はお勧めなのに、気軽に人に勧められない本ともなっているのです。
惜しい。
しかし素晴らしい。
これは傑作でした。


B砂漠の40日間

B砂漠の40日間


本書の詳細な解説ページを見付けました。


上記ページから日本語訳ページへのリンクもあります。
「日本語訳」とは何ぞや?と思ったら、画中に登場する物に書かれている文字の訳でした。
やはり解説もあり、とても参考になりました。