days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Crazy Heart


金曜午後は14時過ぎに退社出来たので、日比谷シャンテ・シネ改めTOHOシネマズシャンテまで飛んで行きました。
電車の乗り継ぎが宜しくなかったので思ったよりも時間が掛かり、冒頭数分を見逃して残念でしたが、映画自体は無理して観に行って正解でした。
シネ1は平日14時45分からの回だというのに、224席の劇場は9割の入り。
アカデミー賞の主演男優賞とオリジナル歌曲賞受賞が効いているのでしょう。
受賞が無かったら未公開確実と言われていましたから、良かった良かった。


映画のタイトルは『クレイジー・ハート』。
この題名に加え、アル中のカントリー歌手が主人公と聞いただけで、破滅的な男の映画だと思う人は多いでしょう。
私もそうだったのですが、この映画はちょっと違うのです。


主人公を演じるのはジェフ・ブリッジス
私の大好きな役者の1人です。
若いときだったら『ラスト・ショー』、クリント・イーストウッドと共演した『サンダーボルト』、あるいは『天国の門』。
ジョン・カーペンターの佳作『スターマン/愛・宇宙はるかに』の宇宙人役も良かったし、実兄のボー・ブリッジスと共演した『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』や、テリー・ギリアムの秀作『フィッシャー・キング』、あるいは『シービスケット』なども印象に残っています。
今回の彼は57歳でかつては栄光にあったシンガーソング・ライターだったのが、今やボウリング場も含めた地方のドサ回りをせざるを得ない男バッド・ブレイク(「壊れたブレーキ」、ハハハ)。
酒と旅先での女には事欠かないまでも、だらしなく自堕落。
プライドを捨て、かつての弟子だったコリン・ファレルの前座まで務めなくてはならない。
ところがツアー先で知り合った地元紙の記者マギー・ギレンホールと恋に落ちてから交通事故に遭い、彼の中で変化が起きて来るのです。


「最も過小評価されているスター」の久々に見る素晴らしい演技(『アイアンマン』は…まぁ、脚本に合った人物像でしたね)。
「『ビッグ・リボウスキ』以来の入念な演技」と評したのは芝山幹郎ですが、私も全くの同感です。
この俳優は熱演タイプではなく、善人も悪人も、あるいは両方が入り混じった複雑な等身大の人間を、さらりと演じられます。
本作はその最たるものでしょう。
人好きのする、しかし頑固なところもあり、だらしない部分も多いのに、どこか憎めない男。
憎めないのは自分の過ちを素直に認めることも出来るし、自分の短所も率直に見つめることが出来るからでしょう。


「熱のこもった演技」と書くと、どこか暑苦しさが付きまといます。
それは役者の演技が役そのものよりも目立つ場合が多いからでしょう。
が、今回の彼の演技は情熱がこめられていながらも、それが表に出て来ないし、演技がうるさくありません。
それでいながらも、細部に至るまで演技が役に奉仕しています。
泥酔してブリーフ1丁でトイレで吐いて転がる姿も含め、ハンサムな素顔のスターを意識せず、しかし「あぁ、この男はこんな生き様なんだな」と観る者に思わせる演技を披露し、全く素晴らしい。
またことごとく口が悪いのも可笑しかったです。


そして見逃せないのは、ブレイクの周りに居る人々の温かさでしょう。
弟子のコリン・ファレルは今やスターにも関わらず、恩師を尊敬し窮地を救おうとします。
ブレイクの地元には気心の知れたバーテンダーロバート・デュヴァルが居て、気遣ってくれます。
気難しいマネジャーは、しかしブレイクに対しての優しさを失ってはいません。
主人公は幸せな男そのものです。
見捨てられていないし、手を差し伸べてくれる人々が居るのですから。


シングルマザーでもある記者のマギー・ギレンホールは、父娘ほどの年の差があるブレイクと恋に落ちてしまいます。
ブレイクをワルでもあると知りつつもついつい惹かれてしまうところと、母親としての決断を下すところを、リアルに演じた彼女も素晴らしい。
改めて彼女は良い役者だと思いました。


ファレルも主人公よりも『Dr.パルナサスの鏡』のときのように、印象に残る脇役の方が合っているのかも、と思いました。
嬉しい収穫はブリッジスとのデュエット。
歌うと美声の2人のハーモニーは映画の聴き所にもなっています。
デュヴァルは無骨でいながらもストレートな感情表現をする男という、得意な演技。
味があって安心しますね。


物語は平凡でしょう。
初老の歌手と歳の離れた女との恋を軸にした物語なのですから。
でもこれが初監督で脚本も書いたスコット・クーパーは、急がず慌てずじっくりと、主人公とその周囲の人々を描きます。
盛り上がりには欠けるし、派手さも全くありません。
テレビなどの小さい画面では間延びしてしまう可能性は高い。
それでも輝きを持ったブリッジスを中心に役者たちを捉えた目線と、緩やかなペース配分は確か。
後味もさわやかなのは、主人公が人生について学べ、前向きになる映画だからでしょう。
だからハッピーエンディングとは言えないかも知れませんが、観終えた何かが後味に残るのです。
滋味溢れる佳作としてお薦め出来ます。


劇場内にはギブソンのギターが飾られていました。

エピフォンAJ-200Sというモデルだそうです。

ジェフ・ブリッジスのサイン入りです。
もちろん、世界に1つだけのものです。


ブリッジスは年末に『トロン』のなんと28年振りの続編『トロン:レガシー』が待っていますね。
彼のSFアクションでは『アイアンマン』の如何にもな演技がありましたが、今度は演技にも期待したいものです。