days of cinema, music and food

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The Power of the Dog


私とドン・ウィンズロウの出会いはご多分にもれず、少年探偵ニール・ケアリーを主人公としたハードボイルド・シリーズになります。
主人公に端を発する瑞々しさと同時に、殺伐とした世界を知ってしまう彼の心情が読者に伝わる好編揃いだったと記憶しています。
妻がウィンズロウが好きで訳書は全て追い掛けているのですが、私とウィンズロウの接点はケアリー・シリーズ終了後、暫く途絶えていました。
しかしながら中南米の麻薬戦争という、スティーヴン・ソダーバーグが佳作『トラフィック』でも描いた題材に興味を引かれ、話題の書『犬の力』を手に取ってみました。


結果から言うと、私の貴重な睡眠時間を奪い取る作品でした。


主人公は複数人います。
アメリカ人とメキシコ人の混血である麻薬取締局(DEA)捜査官、麻薬密売人、下町のチンピラ、コールガールなどなど…。
物語は1975年に始まり、ある意味うぶだった彼らが、血で血を洗う抗争劇・権力闘争に巻き込まれ、変貌して行き、やがて辿る末路が2004年まで描かれます。
特に印象的なのが、家族思いだったどちらかと言うと穏健派だったのに、自らの手を血に染め、深みに堕ちて行く者です。
その「宣言」とでも呼ぶべきおぞましい犯罪は強烈・衝撃的そのもの。
個人的にはジェイムズ・エルロイの大傑作『ビッグ・ノーウェア』での、とある人物の唐突な行動以来の衝撃でした。


重層的な人物描写、多層的に発生する事件、復讐が復讐を呼ぶ負の連鎖、どちらに逃げても飢えたる狼が待ち受けている絶望。
複雑かつダークな内容を一気に読ませるウィンズロウの筆力は驚嘆に値します。
冒頭から結末まで勢いは全く衰えず、むしろ作品が進むに連れて加速して行きます。
ほぼ全ページが血まみれと言っても過言でない、無情な展開と各人が迎える非情な顛末は、読む者に体力さえ要求します。
それでも目をそらさず、固唾を呑んでページをめくるしかありません。
ここには絶望的な立場に置かれた場合、人はどのような行動を取るかが克明に描かれているのです。


ウィンズロウは会話場面は極端に短くし、現在系の文章で情感をそぎ落とし、登場人物の情念と行動から成り立つ巨大な構造物を作り上げました。
結果的に、世界のどこかで今も起きている巨大で野蛮な力が人々に君臨する、地獄絵図の構図を描き切っています。
読後はずしりとした手ごたえが残ります。
数々の死者達と共に。
これは大傑作。
必読です。