days of cinema, music and food

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中国のマスゴミ ジャーナリズムの挫折と目覚め


ぱっと見では刺激的な、扇情的な、と受け取られかねない書名です。
しかしこれが朴訥なまでに真摯な本でした。


以前から産経新聞記者の福島香織という人のブログを読んでいました。
元々在中国の記者なのであちらの事情には強い。
中国と日本が微妙な関係を持つ状況の中、同じ事象でも中国と日本の温度差や、国内ではニュースにならない人権活動家の肉声等、貴重な情報を知ることが出来て有益でした。


産経Web版での政治家へのインタヴュー記事連載「福島香織のあれも聞きたい」も読んでいました。
私自身は産経新聞の思想とは全く相容れないのですが、それでもこの人は率直な記事を書き、率直な質問を出す人だなと注目していました。
後から実は名物記者だったらしいと知りましたが、そんな事も知らずに面白い記者だなといった程度の意識だったのです。
特にブログでは事象の記録に留まらず、筆者である彼女自身の心情もよく書かれていました。
書き手の心情が書かれているという事は、読み手=受け手の好悪も大きく分かれる可能性はあります。
しかし「こういった事象があって、それはそういう意味を持つ。それに対して自分はこう思う」と読み手が分かり易いのは、受け手にとっても率直な意見を出しやすい可能性が高まります。
一個人である人間が書くのだから客観報道などというのはあり得ません。
その見地からしても、個人の視点で切り込んだ非常に優れたジャーナリズムでもあるブログだったのです。


さて私はツイッターで大久保かおり(ツイッターアカウント@kaoriokubo)という扶桑社勤務の編集者もフォローしていました。
余談ですが、この方は今月いっぱいで廃業する赤坂プリンスホテルを、先の震災で被災された方々の避難所にどうか、というアイディアをツイッター上で披露していました。
その後、政治家が実現に向けて動き出している様子で、これは是非実現してもらいたいものです。*1
さて大久保氏をフォローしていると、おや、ツイッター上で福島香織らしき人充てに書籍出版を持ち掛けているではないですか。
昨年産経を退職した福島香織ツイッターしていたんだ(ツイッターアカウント@kaokaokaokao)。
早速フォローしておこう。
そうこうする内に本は出版されるとのつぶやきが。
これは楽しみだ。
俄然興味を抱き、出版前から期待して購入したのが本書、という訳です。


いささか前振りが長くなりました。
本書を端的に言うならば、中国に興味のある人やジャーナリズムのみならず、今の日本のマスコミについても触れた必読書です。
この場合のジャーナリズムは中国のジャーナリズムだけではなく、ジャーナリズムそのものや、日本国内のマスコミも含まれます。


言論統制が厳しい中国において、ジャーナリズムの腐敗を記述した本書前半には言葉を失います。
特に大規模な事故が発生すると、業者に対して口止め料を要求する記者も多く、また口止め料を要求し過ぎて殺された記者もいるというのには驚かされました。
だがそれも政府の言いなりに情報を扱わないと社会的に抹殺されてしまうという、大いに同情すべき現実があるからです。
真面目に記事を書いたら更迭されるのだったら、堕落する記者が多く居ても不思議ではありません。
そんな社会的状況の中でも、何とか真実を報道しようと志す記者や編集者らの奮闘も書かれる後半は、これからの中国マスコミ界は時間が掛るだろうけれども期待出来る、と思いました。


ジャーナリズムの本というと無味乾燥なものを想像する方もいらっしゃるのではないでしょうか。
間違いなく本書は違います。
厳しい中国の言論事情を記し、分析しつつ、著者は率直に自己をさらけ出しています。
自分が同じ立場だったらどうだろうか、社会で生きる為に、同じ事をしてしまう可能性はないか、と自問自答するのです。
これは著者自身のみならず、読者への問い掛けにもなっています。
読んでいるあなたならどうしますか、と。
センチメンタリズムに流されている、と批判する向きもあるかも知れません。
また余りに対象を自分に引き寄せ過ぎている、という意見もありましょう。
もしそのような批判があったとしても、私はこの本を支持します。
ジャーナリストという肩書きを持っている、福島香織という個人の視点で書かれた貴重な記録だからです。
個人の視点で書かれているからこそ意味があるのです。


簡潔な文章で書かれているので非常に読み易く、しかも中国でのネット状況や、中国版ツイッターによる記者個人のつぶやきによるジャーナリズム等、文字通り現在進行形の現状も書かれており、全体がスピードで貫かれています。
むしろネットを使ったジャーナリズムという点において、今の日本の報道各社の方が遅れを取っている現状さえ浮かび上がらせていました。


そう、本書が優れているのは、中国のジャーナリズムを書きつつ、合わせ鏡のように日本のジャーナリズムの分析になっている点にもあります。
日本国内では中国は後進国扱いですが、果たして「優れたジャーナリスト」の質という点においてはどうなのか。
中国のシステムへの批判だけではなく、自戒を試みる著者の率直な姿勢は、読者にも反復した思考を求めます。
それこそ優れたジャーナリズムではないでしょうか。


本書は中国のみならず、今の日本のある断面についても考察をうながす優れた書として、是非お勧めしたい本なのです。

中国のマスゴミ ジャーナリズムの挫折と目覚め (扶桑社新書)

中国のマスゴミ ジャーナリズムの挫折と目覚め (扶桑社新書)

*1:3/24日の猪瀬直樹副知事のツイートによると、「赤坂プリンス約700室、最大で約1600人分という規模で、株式会社プリンスホテルと共同で、解体が始まるまでの3カ月間(4月1日〜6月30日)、一時的に避難施設として開設することにした」とあり、大久保氏の発案が実現する事になりました。この報について大久保氏が福島氏に言ったように、「ツイッターってすごいですね。」なのです。