days of cinema, music and food

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The Conversations: Walter March and the Art of Editing film


マイケル・オンダーチェのインタヴュー本『映画もまた編集である-ウォルター・マーチとの対話』を読了しました。
マーチは一般には知られていませんが、映画ファンにとっては知る人ぞ知る、映像及びサウンドの編集の達人です。
大卒後、フランシス・フォード・コッポラの『雨の中の女』(1969)のサウンド編集でプロとして映画に初参加し、ジョージ・ルーカスの『THX-1138』や『アメリカン・グラフィティ』、コッポラの『ゴッドファーザー』3部作、『地獄の黙示録』などを手掛け、近年では故アンソニー・ミンゲラの『イングリッシュ・ペイシェント』『リプリー』『コールド マウンテン』等の編集やサウンドを手掛けています。
コールド マウンテン』DVDの特典映像や、『ブリット』DVDに収録されている映画の編集を扱った傑作ドキュメンタリ『カッティング・エッジ』にも登場し、立ったままAvid(HDDを使用したコンピュータ制御の編集システム)を操作している姿をご記憶の方もいらっしゃるかも知れません*1
また『THX-1138』ではルーカスと共同で脚本を執筆し、『オズ』では共同脚本のみならず監督としても参加しています。
彼が参加した作品に関しては、キーワード「ウォルター・マーチ」を参考にして頂くとしましょう。
そして本書の原題名『The Conversations』は、言わずと知れたコッポラ=マーチの代表作でもある『カンバセーション…盗聴…』の原題名『The Conversation』を由来としています。


映画の編集技術については、ヒッチコックトリュフォーの『映画術』という名著でも面白く読みました。
本書は「編集」そのものにスポットを当てたところが興味津々です。
作者の意図を表現する為の映像技術について述べられているでしょうから、非常に楽しみでした。
実際に読んでみると、これが予想以上の面白さでした。


本書が個性的なのは、『イングリッシュ・ペイシェント』の原作者であるオンダーチェという芸術家と、その現場で知り合ったマーチという技術者の対談…に見えて、実は芸術家同士の対談になっている事です。
映画の編集に関する技術書の側面を垣間見せながらも、本質は違います。
含蓄のある語彙を駆使するマーチの、経験豊かで博識、その物の見方や思索が抜群に面白く、これ1冊まるごと「マーチ読本」と呼ぶべき書になっていました。
編集者というと、一昔だったらフィルムとフィルムを切って繋ぎ合わせるか、あるいは今だったらAvidを使ってモニターを観ながらコマを確認し、ハードディスク上の映像データを繋ぎ合わせる技術者のイメージがあるのではないでしょうか。
映画の編集者とは、すなわち技術者なのだ、と。
ところが、良く考えれば当然なのですが、映画は科学技術を用いた総合芸術です。
編集者に求められるのは、膨大な量の撮影フィルムの中から適切なショットを選び出す根気強さと判断力、選び出したショットの中のどこでカットし、前後のショットとどう繋ぎ合わせるか決めるという、芸術的な素質でもあるのです。

私が読んでいて1番印象に残ったのは、「FOURTH CONVERSATION」のP.295「油脂鉛筆とリアリズム」のくだりです。
マーチは膨大な量のフッテージからショットを選び出し、「そのショットのどこで切るべきか」を最重要視すると言います。
切るタイミングが早過ぎても、遅過ぎてもいけない。
どのショットにも、そこで切るべき唯一の瞬間がある、と言います。
では彼はどうするのかと言うと、フィルムを再生し、この瞬間だと感じたらそのコマでキーを押します。
そしてもう一度再生し、先ほどと同じ瞬間が来るかどうか、二度続けてやっても全く同じコマで感じるかどうかが大切なのだと説きます。
しかしそんな事は現実に可能なのでしょうか。
ご存知のようにフィルムは1秒間に24コマで流れています。
そんなスピードで再生されるフィルムの同一のコマに、二度連続してマーキング出来るのか、と。
しかしマーチは、出来る瞬間があり、出来なかったら切らない、と言います。
出来ない場合は、自分のアプローチが違っていた場合なのだ、と。
その場合はそのショットへの再解釈を行い、それからまたマーキングを試してみるのです。
冷静に語られつつも、どこか常軌を逸しているとさえ思える、気の遠くなるような作業ですが、映画製作とはある種常軌を逸した情熱が必要なのかも知れません。
しかしその情熱こそが、マーチを編集=映画の再構築へと駆り立てるのでしょう。


本書は初期コッポラ作品、『ゴッドファーザー』や『カンバセーション…盗聴…』、『地獄の黙示録』またはその特別編集版や、巨匠フレッド・ジンネマンの名作『ジュリア』等、名作の舞台裏も覗けるという、映画本ならではの楽しみもあります。
こぼれ話もたくさん。
今をときめくサウンドデザイナーという肩書きは、『雨の中の女』音響編集担当のウォルター・マーチが、組合員で無かった為に「サウンドエディター」とクレジット出来ず、急遽コッポラが思いついた称号だった、と本書で初めて知りました。
スター・ウォーズ』等のサウンド・デザイナー、ベン・バート辺りが祖師かと長年思っていたのです。
しかし何よりも私にとっては、ウォルター・マーチという才人の脳裏を覗けた満足感が大きかったのでした。


今後も私は本書を繰り返し読む事でしょう。
映画好きには超お勧めの本です。

映画もまた編集である――ウォルター・マーチとの対話

映画もまた編集である――ウォルター・マーチとの対話

マーチ自身、編集に関する著作があります。
映画の瞬き[新装版] 映像編集という仕事

映画の瞬き[新装版] 映像編集という仕事

これも面白いとの評判ですので、その内に読んでみたいものです。


下記ディスクでは、マーチ自身が編集について語る映像が観られます。

ブリット [Blu-ray]

ブリット [Blu-ray]

ブリット スペシャル・エディション [DVD]

ブリット スペシャル・エディション [DVD]


うーん、こうなると『イングリッシュ・ペイシェント』を再見したくなりますね。
Blu-ray Discで出ないかなぁ。

*1:コールド マウンテン』DVDは紛失したので記憶違いかも