days of cinema, music and food

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The Axe


大好きな作家、故・ドナルド・E・ウェストレイクの10年程前の小説を面白く読みましたので、ご紹介しましょう。
殺人者の視点で描かれたノワールなのですが、この殺人の動機がかなり変わっていて、また現代的なのです。
ユニークな動機という点ではミステリ史に残ると言えましょう。


製紙会社の生産ライン監督をしていた主人公は、リストラされ2年、求職活動の甲斐なく未だに無職のまま。
妻子ある身の彼は、似たような経歴を持つライヴァルを次々と殺害して、自分が再就職しやすくなるよう、目論みますが。


かようにプロットはいとも簡単です。
ですがシンプルなプロットでも、そこに細かい起伏を織り込む手腕が見事なんですね。
最後まで読者を引き寄せる語り口は、これぞプロの作家というもの。
私にとってウェストレイクは、以前にもご紹介したドートマンダー・シリーズに代表されるユーモアミステリ作家との印象が強いのですが、本作は只のブラックユーモアというには辛辣過ぎる、冷徹で痛い寓話になっていました。


主人公は家庭を大切にし、仕事に生きがいを感じ、自分の能力を社会に活かしたいという前向きな男。
そう書くと真っ当な人間なのに、その目的の為に手段を正当化するのが恐ろしい。
一人称で語られる物語は冷徹を通り越して冷酷そのものです。
案外連続殺人犯の心理とは、本書にあるように他者の命など軽く、簡単に殺人のときの感情を忘れてしまうものなのかも知れません。
そういった部分もリアルに描かれていました。
お勧めの本です。


因みに本書には斧など出て来ないのですが、原題も邦題も「斧」。
あとがきによれば「クビ切り」の意味があるそうです。
成る程ね。


斧 (文春文庫)

斧 (文春文庫)