days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

The Knife Man: The Extraordinary Life and Times of John Hunter, Father of Modern Surgery


バリ旅行の途中から読み始め(1番の読書時間である帰路は娘と遊んでいたので、殆ど読めませんでした)、帰国後に読み終えたノンフィクション『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』。
著者は医療ジャーナリストのウェンディ・ムーアという人で、初めて読みました。
これが傑作でした。


ジョン・ハンターなる18世紀の解剖医をご存じでしょうか?
生涯で数千体もの人間の解剖にとどまらず、動物の解剖もし、人体及び動物の身体の謎を解き明かした近代医学の父と呼べる男だそうです。
だそうです、と書くのは、私も全くの初耳だったから。
彼こそはチャールズ・ダーウィンが『種の起源』で進化論を説く70年も前に進化論を説き、人体の謎を解き、博物学の始祖でもあった男です。
しかし数々の発見も、実兄や弟子に実績を横取りされ、子孫は1代で途絶え、歴史に埋没してしまったのでした。
それでも、数千人もの弟子(中にはワクチンを始めたエドワード・ジェンナーも居ます)らによって、その考えや手法は後世に伝えられていく事になるのです。
また、医者から博物学者になったドリトル先生や、家の表は上流階級に通じ、裏は暗黒街に通じていたジキル博士とハイド氏のモデルとなった男でもあります。


こう書くと何やら立派な偉人伝のように聞こえますが、本書を娯楽たらしめているのが、血生臭い数々の笑えるエピソードです。
当時の医学は殆ど宗教同然で、水銀を飲ませたり、血を抜いたり、浣腸や嘔吐させたりを治療と称していました。
何ともブラックユーモアの限りですが、医者は患者の身体を触るのは汚らわしいとされていた時代です。
そんな事もありましょう。
しかし学習障害だったらしいと思しきハンターは、それ故に本を読まなかったので古い考えにとらわれず、持ち前の好奇心と手先の器用さで、人体や自然の謎を説いていくのです。
その為には実践が必要と彼は考えます。
実践とは、そう、解剖です。
今と違って献体という考えは無く、解剖されては天国に行けないという考えが多かった時代に、解剖用遺体の入手は困難でした。
死刑執行後の遺体だけでは足りません(ハンター自身が参加しての殴り合い込みの取り合いのおかしな事)。
そこで墓泥棒達が暗躍する事になるのですが、ハンターによってロンドンの遺体泥棒ビジネスが組織化されていくというのが笑えます。
後半に登場する、巨人の男を生前からその身体を狙っていた等、常識外れの数々のエピソードに可笑しいもの、面白いものが多いので、これは実際に読んで触れてもらいたいものです。


本書が痛快なのは、結果的に上流社会に進出したものの、元々学歴もなく、気取らず、冗談を飛ばしていた短気な男が、過去の考えをパワフルに打破していく様です。
自然を解き明かしたい、系統だって説明したいという有り余り過ぎる熱意が、当時としては(いや、現代の価値観でも)とんでもない数々の騒動を巻き起こし、後に常識を変えていく種となっていきます。
それはあとがきにもあるように、不寛容な時代へのアンチテーゼという、極めて現代社会にも通じるテーマにもなっているのです。


素晴らしい本でした。
超お勧めです。


解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯


尚、本書はデヴィッド・クローネンバーグ製作によるTVシリーズの企画もあるそうです。
CATVでもなければ生々しい解剖場面等描写出来なさそうですが、『ザ・フライ』『戦慄の絆』等、気色の悪い医療場面に定評のあるクローネンバーグの事ですから、似合っている素材ではないでしょうか。


日本国内ではコミックも出ていますね。
好評だったようですが、掲載紙の廃刊に伴い、途中で終わってしまっているようです。

解剖医ハンター 1 (リュウコミックス)

解剖医ハンター 1 (リュウコミックス)

解剖医ハンター 2 (リュウコミックス)

解剖医ハンター 2 (リュウコミックス)

解剖医ハンター 3(リュウコミックス)

解剖医ハンター 3(リュウコミックス)