Les Cités Obscures
ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画のフランス語圏コミック、バンド・デシネ(BD)の『闇の国々』第1巻を読了しました。
ベルギー、フランスでは有名なBDだそうですが、邦訳されるまでまるで知りませんでした。
大判のA4サイズに400ページもの分厚いハードカバー本。
豪華本と呼ぶのに相応しく、価格も4,200円と高額です。
重量もあるので寝転がりながら読むのには適さず、椅子に座って丁寧に読み進めたくなる本。
これはセンス・オブ・ワンダーに溢れた絵物語なのです。
闇の国々とは(原語を直訳すると「闇の都市たち」となるようですが)、我々の住む世界と似通っている、でもどこか違う世界です。
本書にはそれぞれの都市で起きた不可思議な1話完結のエピソードが、3編収録されています。
幸いにも好評で売れているらしく、最終的には日本版は全4巻での出版予定となったようなのですが、当初は一発だけの打ち上げ花火の可能性があったらしく、本書は傑作選に近いものとなっているとか。
だからか、どれも不可思議な絵物語となっていて、心を掴んで離しませんでした。
『狂騒のユビルカンド』は、老都市建築家を主人公した物語。
彼は大都市ユビルカンド全体を設計した男で、常に都市の左右対象と全体の調和を気に掛けています。
しかしある日、発掘された一辺30cm程の立方体を仕事場の机に置きます。
それは12本の破壊不可能な謎の材質で出来ていました。
しかしそれが巨大に、そして増殖していき、都市の至るところに立方体が入り込んでいきますが…という物語。
『塔』は全貌が掴めない、余りに巨大な塔の修復をしている老修道士の物語。
彼は自らの欲求を抑えられず、塔を降りて行きますが…。
『傾いた少女』は、家族とカーニバルに出掛けた少女が、いきなり身体が傾いてしまう。
物語は我々の住む世界にいる天文学者、そして画家、そして少女が交錯していく。
かように本書はSFであってもハードSFではありません。
どのエピソードも、かなり不思議な物語となっています。
本書最大の魅力は、ペータースが書いた理屈ではないSF空想物語と、スクイテンの銅版画のような細密極まる画の融合が醸し出す世界まるごとにあります。
特に誰もが圧倒されるであろう画は凄い。
スクリーントーンは一切使われず、細いペンで描かれた一本一本の線が繊細かつ大胆な表情を見せています。
特に目を引くのが迫力ある建造物の存在感です。
私も建築物好き、古代遺跡好きですが、本書の都市の景観や塔の描写など、ここまで主役と言える背景は初めて見ました。
硬質で重厚で圧倒的で。
ユビルカンドの血肉通っていない都市。
全貌が見えない巨大な塔。
これらは間違いなく「主役」なのです。
スクイテンは背景の線から彩色、ネーム、ロゴまで全て独りで行うので、1ページ描くのに1週間掛るそうです。
が、そんな手間暇を知らずとも、この画は素晴らしく吸引力のあるものとなっています。
異世界への架け渡しが出来ているのは、間違いなくスクイテンの画の力です。
よって本書は漫画でありながら、画集としても見るのが可能でもあるのです。
小学生のとき、私の心を掴んで離さなかったのが、岩波書店から出ていたジュール・ヴェルヌの作品の数々でした。
『海底二万里』『神秘の島』『二年間の休暇』等々。
それらの本に数多く収録されていたのが、銅版画による挿絵だったのです。
本書はそれらが全編に渡って描かれていると言っても過言ではなく、この読書は私にとって夢のような心地よい体験とさえなりました。
心に残る人物は、『塔』の主人公です。
どこか人懐っこい、愛嬌のある太目の人物。
既視感のある顏だなと思っていたら、何とオーソン・ウェルズでした。
いや、これが実際にウェルズをキャスティングしていて、作者達はウェルズ本人に会って、スケッチもさせてもらっているのです。
まさかウェルズ晩年の主役がBDだとは。
面白い。
いや、驚きました。
本書はちょっとした美術書としても楽しめます。
ページを少しずつめくりながら、異世界に耽溺しましょう。
お勧めです。
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第2巻は入手済み、第3巻は近日発売予定です!
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