days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Gran Trino


映画→ランチ→映画となりましたが、最終的にこの日一番の収穫はこれ。


クリント・イーストウッド監督&主演作『グラン・トリノ』です。
15時20分からの回、シネコンの小屋は30人程度の入り。
男女比も半々、年齢層も多岐に渡っていました。
私のようなイーストウッド・ファンもいるのでしょうが、映画自体の評判も良いからなのでしょう。


主人公はポーランド系の頑固老人で息子らとの付き合いもうまく行っていない男。
そんな彼が隣人となったタイやラオスからの移民であるモン族と付き合うようになっていきます。


キャメラに向かってパンチを繰り出し、足で踏みつけるイーストウッドを観るのはかなり久々なのではないでしょうか。
その間、微笑を禁じえませんでした。
例えば『ダーティハリー』でのスタジアムで、スコーピオを痛めつける場面。
例えば『ダーティファイター』シリーズで、拳闘をする場面。
ああいった場面を想起させます。
いや実際、この映画を観るときに、過去のイーストウッド作品との関連付けをするな、と言う方が無理からぬこと。


若造を鍛えるのは、『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』や『ルーキー』。
血縁関係の無い者たちと擬似家族関係を作り上げていくのは、『アウトロー』、『ブロンコ・ビリー』、『ミリオンダラー・ベイビー』もその範疇に入れても良いでしょう。
私生活ではタバコ嫌いのイーストウッドが劇中でこれだけ吸うのも珍しい。
『ホワイトハンター、ブラックハート』ぐらいかな、吸う姿を思い出せたのは。
自らの老いをテーマにしているのは『許されざる者』以降の作品に顕著ですが、これはその集大成と言えます。
クライマクスはその『許されざる者』をどうしても思い出してしまいますしね。
そのように過去の作品が呼応し、観る者の脳内で反響します。


とまれ、集大成であっても、いつものイーストウッドに変わりありません。
気負わず、焦らず、ゆっくり、着実に。
簡潔で装飾的場面は無いのに、ゆったりとしたテンポなのも彼らしい。
その味わいは、簡素にして芳醇。
いや、簡素にして重層的なのです。
描く世界は小さいのに深い。


キネマ旬報』の特集対談で、イーストウッド作品に凡作はあっても駄作は無いと言ったのは、和田誠だったか(それとも和田と対談していた相手だったか)。
それでも演出にムラが無くなったのは、ここ数年、そう『ミスティック・リバー』以降だと思います。
あれも大傑作で素晴らしい、奇跡のような映画でしたが、少々力みもありました。
その次に撮った『ミリオンダラー・ベイビー』は、近寄りがたい『ミスティック〜』に比べるとリラックスしつつ、観客に深い余韻を残す映画でした。
本作もその系譜に連なります。
余分な力も油も抜けた枯れた味わいであっても、娯楽映画として成立していて、これだけ笑えるイーストウッド作品も久々でしょう。
スペース カウボーイ』以来かな。


近年のイーストウッドは音楽も自分か息子のカイルで担当する場合が多いですが、本作も同様。
そしてこれは音楽が極めて少ない映画でもありました。
緊張感ある場面でのスネアドラム連打と、ラストシーンに流れるイーストウッド本人が歌う歌くらいでしょうか。
音数まで簡素な映画でした。


画質は最近の映画の標準でしょう。
朝観た映画がフィルムグレインがかなり出ていたのに対して、かなり真っ当な最近の映画らしい映像でした。


近年ではイーストウッドをすっかり神様扱いする風潮になっていますが、それに異を唱えつつ、この楽しくも美しい傑作を観終えた余韻に浸りたいと思います。


爆笑ものの床屋の場面。
主人公と顔馴染みの主人が、『ゾディアック』で容疑者役だったジョン・キャロル・リンチで、実に良い味を出していました。